短文
(1)
 以下は、保護者に向けて書かれた文章である。
 最初に知っておきたいのは、保護者が嫌いなものは、子どもも好きになれないということです。普段から「まずい、嫌い」と聞かされているものを美味しいと思えないのは当然です。また、嫌がるものを無理に食べさせても、嫌な思い出が残るばかりで、良い 結果は出ません。
 それに対して、最初は苦手だった食べ物でも、周囲の大人たちが「美味しい」と笑顔で食べている姿を見て興味が湧き、食べられるようになることがあります。つまり、偏食を無くすには「親子で一緒に楽しみながら」がコツなのです。

(52) 筆者の考えに合うのはどれか。

短文
(2)
以下は、ある市に届いたメールである。
 花丸市道路交通部ご担当者様
 花丸駅前の有料駐輪場を利用している者です。
 最近、利用許可のシールが貼られていない自転車を多く見ます。この駐輪場は、利用料金を払った際にもらう利用許可シールを貼らなければ利用できないはずなので、これらは無断で止められているのではないでしょか。止めるスペースがない日もあり、とても迷惑しています。管理人が見回って、これらの自転車を片付けたり、無断で止めている人に注意したりするべきだと思います。料金を払って利用している人がきちんと止められるように適切な対応をお願いします。
また、服装で調整するなど各自で工夫し、暖房に頼りすぎないようご協力をお願いい たします。
ご検討をよろしくお願いいたします。
北山進一

(53) このメールで伝えたいことは何か。

短文
(3)
 私は毎日、自宅の周りを散歩する。運動、気分転換など色々理由はあるが、コンビニに立ち寄ることも目的の一つだ。
 そこでいろいろな売り物を見て、雑誌を眺めて、飲み物を買う。この飲み物一つとっても、世の中様々な流れが凝縮(注1)されている。
 例えば、大きさ、ペットボトルと言えば500ccと思い込んでいるかもしれないが、昨年辺りから変化がある。400cc前後に減量しているものがあるのだ。でも、値段は 同じだ。 割高(注2)なようだが、結構人気がある。理由は簡単。女性がバッグに入れやすいのだ。
(注1) 凝縮されている:たくさんのものが一つのところにぎゅっと詰まっている。
(注2) 割高:分量に対して値段が高いこと。

(54)この人がコンビニで売られている飲み物を見て気づいたことは何か。

短文
(4)
以下は商品を注文した会社がメーカーに送ったメールである。
 株式会社カケイ電機 販売部西山光一様
 お世話になっております。ヒラノ商会の本田です。
 今朝メールを確認いたしました。
 納品が予定より遅れるということですが、注文の際にご説明したとり、今回注文した商品は今月20日から始まるセールで販売を予定しているものです。
 そのため、セールが始まる前日までに、少なくとも10台は納品していただけないで しょうか。
 間に合わない場合は、全ての注文をキャンセルすることも考えておりす。 至急ご回答頂きたく宜しくお願い致します。
ヒラノ商会
営業部 本田美知子
Michiko_honda@hirano.co.jp

(55) このメールの用件は何か。

短文
(5)
 以下の文章は就職に対する学生の意識調査の結果について書かれたものである。
 今回の調査では入社する企業を決めるうえで重視する点を最大三つ挙げてもらった。企業の規模や将来性、希望職種に就ける可能性などを抑えてトップになったのは「社員の魅力や社内の雰囲気」(54,3%)。「勤務地や転勤の有無」も22,1%あった。良好な人間関係や居心地の良さを求める学生が増えているようだ。

(56)この調査結果では、就職先を決めるとき最も多くの学生が重視していた点は何か。

中文
(1)
 書くという行為は、最終的には、不特定多数の読者に向けられている。 しかし、そのプロセスにおいては、実は、かなり具体的な相手に向かって書いているところがあるのだ。
 実際に書き進める際には、私の場合、その原稿を読む最初の読者、すなわち担当編集者を念頭に置き(注1)ながら書いている。ある意味で、その人に向けて書いている部分もかなりあるのだ。編集者がつまらない反応をしそうだと、こちらのやる気も落ちてくるというようなことが実際にはある。逆に言うと、編集者とはそれくらい重要な仕事だと私は思う。 (中略)
 大学で教えていたときにこんなことがあった。よく質問してくる学生がいて、それがいつもたいへんおもしろい質問なのだ。だんだん「この学生はなかなか可能性がある」と思うようになって、その学生が期末にどんなレポートを書いてくるか楽しみにしていたら、レポートがすごくつまらなかったのである。なぜか、おそらくはこうだ。 その学生は、質問している時には具体的な他者、すなわち私に向かってしゃべっている。そのときの方が思考が刺激されておもしろい論点に自分で気がつくのだが、いざ(注2)レポートを書く際には一般論 みたいに書かなければいけないという構え(注3)になり、そうなったとたんに、急に頭が固くなってしまったのだろう。
 本や論文は、最終的には誰に向かって語っているかわからないようなスタイルで書かれることが普通だけれども、そこには対話がないといけない。要するに、人に話したくなるよう なことじゃないと書いても意味がないと思うのだ。
(注1)念頭に置く:ここでは、意識する。
(注2) いざ:ここでは、実際にや
(注3) 構え:ここでは、気持ち

(57)筆者が編集者の仕事を重要だと考えるのはなぜか。

(58)筆者によると、学生のレポートがつまらなかったのはなぜか。

中文
(2)
 個性の重視ということが注目されるようになって以来、「子供の興味を尊重し、一人ひとりの子供が興味を持つこと、「やってみたい」ということを好きにやらせることが、個性の重視である」という解釈が広がりました。しかしその結果、社会生活上のしきたり(注1)や習慣を教える機会を失ったと悩む教師と、①好きなことしかやりたがらない子供をつくってしまったということはないでしょうか。個性の重視とは、「二人と同じ人間はいない、つまり人は一人一人異なる存在である。だから、一人一人が異なった興味や価値観を持つのは当然である」という考え方を肯定する人間観を意味しているのです。(中略)
 子供の興味や関心は日々変化する可能性があります。しかし、なんらかの(注2)形でその対象を知る機会がなかったなら、興味を持つこともないのです。小学生はまだまだ経験の幅が狭いものです。ですから、おのずと(注3)興味や関心を持つ対象も、非常に限られた範囲のものになります。さまざまなものに興味を持つのを持つばかりでなく、興味が持てるよに、さまざまな体験ができるようにすることが大切です。
(注1)しきたり : たまたま出会った人
(注2) なんらかの:何かの
(注3) おのずと:自然と

(59)筆者によると、本や論文を書くうえで大切なことは何か。

(60)①好きなことしかやりたがらない子供をつくってしまったとあるが、筆者はどこにその原因があるとかんがえているか。

(61)筆者は子供の個性を重視するとはどのようなことだと言っているか。

中文
(3)
 犬の散歩をしていると、最近では犬もあいさつの仕方を忘れてしまったのではないかと思ってしまいました。集団行動を経験したことがあるいぬ、もしくは(注1)飼い主殻イヌらしい教育をかけて順位制(注2)を感じることができるようになった犬は、道でほかの犬にすれ違い近付いた時には挨拶らしいことをします。ところが、集団行動の経験もなく、家でも甘やかされて育った犬は、現代の人会社のように挨拶をしないように見えます。挨拶を犬が、ほかの挨拶なしの犬に対して威嚇する(注3)ことが観察されます。ところが、この挨拶犬が子犬と遭遇した時、子犬が挨拶をできなくても威嚇をしないことが多いのです。挨拶犬にとって子犬で有るというシグナルが何なのかわかりませんが、とにかく子犬と成犬とを区別したうえで挨拶のあるなしをはんだんしているよう です。
 犬の挨拶行動は、生得的あるは習得的(注4)のどちらでしょうか?順位制にしたがった行動できるようになった犬では、犬会社での経験がなできることから、生得的であるといえます。また、より儀式的な挨拶行動が円滑に(注5)実行されるためには、ほかの犬との集団生活があったほうが良いことから、習得的な部 分もあるといえるでしょう。
(注1) もしくは:または
(注2)順位制:上下関係にもとづいてできた順序の決まり
(注3) 威嚇する:こでは、ほえて相手を怖がらせる
(注4) 生得的:生まれたときから持っている
(注5) 円滑に:スムーズに、滑らかに

(62)子供の教育について、筆者が言いたいことは何か。

(63)この文章によると、挨拶をしない、またはできない犬はどれか。

(64)この文書によると、どんな犬がどんな犬に吠えて、怖がらせるか。

統合理解
A
 子供に特定のスポーツを習わせる家庭は多い。早くから一つのスポーツを集中的に練習させることで、子供の才能を伸ばしたいという親の気持ちは理解できるが、子供の体への負担が大きいことが心配だ。同じ動きを繰り返し練習することになり、けがをしやすくなるからだ。まだ成長の途中の子供にとってまず必要なのは、さまざまなスポーツを通して、多様な動きを身にる,得意な動きも苦手な動きも行うことによって、全身の運動能力をバンスよく向上させられる。専門的な技術の習得は、そのあとでも遅くはないのだ。

B
 体力をつけるために、子供にスポーツを習わせるのはいいことだ。ただ、幼いうちから特定のスポーツだけを習わせることには問題があると思う。幼い子供は、何が好きか、何がしたいのか、分からないことが多いので、親の決めたスポーツを習い始めることになる。その結果、興味が持てなくてすぐにやめたり、いやいや練習を続けることになって、スポーツが嫌いになってしまったりすることがあるのだ。そのため、幼いうちは、一つのスポーツに絞るのではなく、多くのスポーツを経験させて、スポーツの楽しさを教えることが大切だ。さらに、いろいろなスポーツをすることで、全身を動かし、基礎的な運動能力を身につけることができる。これは、将来本格的にスポーツをしよう と思ったときに必ず役立つはずだ。

(65)筆者は、イヌの挨拶行動についてどのように述べているか。

(66)幼い子供に特定のスポーツを習わせることについて、 A と B はどのように述べているか

(67) 子供にスポーツを習わせるときに、AとBが共通して大切だと述べていることは何か。

長文
(1)
 かつては学校を卒業したら、それから30年か40年の人生を考えればよかったのです。
 今は学校を出ても、これから後80年近い人生を考えなければいけないかもしれません。私達を待ち伏せ(注1)している人生の時間が、とんでもなく長くなっています。うかつに(注2)、歳もとれなくなっているのです。
 100年前、人生50年と言われた時代には、どんなことをするのにもとんでもない時間がもったいないぐらいかかってしまいました。自動車がなかった。飛行機がなかった。どこへゆくのにも、今から考えればとんでもない時間がかかっています。それがあっという間にどんどん遠くなった。新幹線ができた。かつては動くことだけではなくて、何をするのにも、どこへ行くのにも時間を考えなければならなかったのです。いろいろなことをするというのは、時間のかかることをあえてすることでした。漬物には季節が一つ必要でした。人生は短かった時に、何かするのに、それだけ長い時間が必要でした。ですから、①退屈する前に、時間は過ぎたのです。
 昔から一泊か二泊を要したところへ、今は日帰りで行って帰ってくるということをしている。そんなに時間を惜しんで、物事を急いでして、しかも昔の人の生きたのよりもその二倍に近いような、長い長い人生を送らなければいけないとしたら、②時間がむしろ負担になってくるかもしれません。便利になって時間がどんどん節約されてきた。ところが、一生の時間の方はどんどんと長くなった。そうすると、どういうことになるでしょうか。使わない時間、もてあます時間、何もしない時間、極端に言うと、何をしていいのかわからない時間がどんどん増えてくる、ということです。
 私たちの人生は、先に途方もない時間が待っている人生です。そうしたことを考えるときに、ますます重要になってくるのが、私の考えでは読書です。私たちの人生に否応なく割り込んできてしまう。この途方もない長さの時間に、じゅうぶんに耐えられるだけのソフトウェア(注3)を持っている、それどころかどんなに一生ぜんぶを使っても絶対に使い切れないほどソフトウェアを持っているのは本しかないからです。何しろ本というソフトウェアは10年や30年の産物ではないのです。すくなく見積もっても、2、3000年かけて作られつづけているのです。
(注1)待ち伏せする:かくれて待つ
(注2)うかつに:うっかり
(注3)ソフトウェア:ここでは知識などの内容を指す

(68)①退屈する前に、時間は過ぎたとはどういうことか。

(69)②時間がむしろ負担になってくるのはなぜか。

(70)この文章で筆者が一番主張したことは何か。

情報検索

(71) ソンミンさんは地形・地質学講座に参加したいと考えている。申し込みの際に気をつ けなければならないことはどれか。

(72)イーサさんは4月17日の講座に申し込んだ。キャンセル待ちになった場合、結果の 連絡はいつまで待たなければならないか。