練習38 結婚は入れ歯(注1))と同じである、という話があります。これは歯科医の人に聞いた話ですけれど、世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいる。合う人は作った入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるからではないんです。マインドセットの問題なんです。
 自分のもともとの歯があったときの感覚が「自然」で、それと違うのは全部「不自然」だから厭だと思っている人と、歯が抜けちゃった以上、歯があったときのことは忘れて、とりあえずご飯を食べられれば、多少の違和感は許容範囲内、という人の違いです。自分の口に合うように入れ歯を作り替えようとする人間はたぶん永遠に「ャジストフィット(注2)する入れ歯」に会うことでがきないで、歯科医を転々とする。それに対して、「与えられた入れ歯」をとりあえずの与件として受け容れ、与えられた条件のもとで最高のパフォーマンス(注3)を発揮するように自分の口腔中の筋肉や関節の使い方を工夫する人は、そこそこの入れ歯を入れてもらったら、「ああ、これでいいです。あとは自分でなんとかしますから」ということになる。そして、ほんとうにそれでなんとかなっちゃうんです。
 このマインドセットは結婚でも、就職でも、どんな場合でも同じだと僕は思います。

(内田樹『街場のメディア論』光文社)



(注1)入れ歯:抜けた歯の代わりに入れる人工の歯
(注2)ジャストフィット:ぴったり合う
(注3)パフォーマンス:性能

1。 「入れ歯が合う人」は、なぜ一発で合うのか。