商談を兼ねた食事、つまりビジネスに関する変渉をすると快楽的な脳内物質であるベータエンドルフィンが分泌されるらしい。気分がよくなって商談がまとまりやすいのだ。酒が入るとさらにリラックスして、理性の制御が弱くなり、率直な言動を示すようになり、人間も性赴呈されるので、お互いを知る(50)好都合である。
 また商談における食事は、自分が相手をどのくらい重要視しているか、また相手からどのくらい重要視されているかを測る機会にもなる。やっとの思いでアポを取った大切な取引先を、どんな食事でもてなすか。それはビジネスマン(51)いつも頭を悩ます問題ではないだろうか。料理の質やカテゴリーは実にさまざまだから、相手によって、また相手と自分の関係性よっにて「最適」を考える必要がある。
 「最適」なもてなしの(52)必要なのはレストランガイドではなく、情報と誠意だ。三つの星フレンチ(注1)か「吉兆」(注2)に接待すればとりあえず場所は間違いないかもしれない。だが予約が困難でしかも高価だし、権威や美食が嫌いな人もいる。
 あまり親くしない相手と寿司屋のカウンターで横並びに坐るのは案外白けるし、鍋を囲むのは家庭的すぎるし、エスニック(注3)料理などで相手の好みを読み違えると(53)。
 最終的に重要なのは、レストラン・料理屋のランクや種類ではなく、もてなす側の誠意が相手に(54)だと思う。

(村上龍「無趣昧のすすめ』による)


(注1)フレンチ:フランス料理
(注2)「吉兆」:日本料理の料亭
(注3)エスニック:民族風

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