(5)
 先輩と後輩のどちらを大切にしたほうがいいのか。これは会社で働くうえで頭を悩ませる究極(注1)の選択のひとつ。もちろん両者とうまくやれればいいけど、そんなに器用な人間はなかなかいないものだ。
(中略)
 まず、先輩のほうから見てみよう。確かに上司の受けがいいほうが、なにかと組織のなかでは有利である。仕事だってすすめやすいし、なにより、同じミスをしても風あたりがまるで違う。上司との折り合いが悪い(注2)と、職場は針のむしろ(注3)と化す。
 もちろん、うえからの引き立てというのは、昇進や出世にも有利に働く。(中略)やっぱり先輩を立てておいたほうが得なのだろうか。
 けれども、今度は後輩の重要性を考えてみよう。まず、後輩は若くて、みなかわいい。いっしょに仕事をしていて、なんだか楽しい(これは見過ごされることが多いけど、とても大事だ)。上司は保護と監督を離れた位置からするけれど、後輩たちとはいっしょにチームを組んで現場の仕事をまわしていく。ともにすごす時間が長いのだ。上司ににらまれるのが針のむしろなら、部下たちから疎まれる(注4)のは、宙ぶらりん(注5)のつまはじき(注6)地獄である。
 あらためて考えてみると、先輩は時がたつほど数が減っていく。会社などという竜宮城(注7)に入ると、五年、十年くらいの時間はあっという間である。気がつけば、後輩のほうが多数派になっているものなのだ。
そんなとき、上司のほうばかりむいていた人間はつらい。あの人はうえにだけ従順(注8)で、したの人間はないがしろにする(注9)そんなシールが一回占られてしまうと、組織の中では②バツがつけられたと同じなのだ。
 さらに上司の引き立てで人より早くいいポジシヨン(注10)を得るよりも、たとえ人より遅くとも部下から押し上げられて同じ地位に就いたほうが、③その後の仕事は断然うまく運ぶものだ
 やっぱり後輩を大切にしたほうがいいのだろうか。
 う一ん、困ってしまうなあ。

(石田衣良『傷っきやすくなった世界で』日本経済新聞出版社)


(注1)究極:物事をよく考え、最後に出た答え
(注2)折り合いが悪い:人との関係が悪い
(注3)針のむしろ:人の心を傷つけようとする環境(むしろ:敷物の一種)
(注4)疎まれる:嫌われて仲間に入れてもらえない
(注5)宙ぶらりん:物事がどっちつかずで中途半端な様子
(注6)つまはじき:仲間に入れてもらえない
(注7)竜宮城:日本の昔話に出てくる、そこにいると時間がたつのがわからなくなる所
(注8)従順:さからわないで従うこと
(注9)ないがしろにする:軽く考えて大事にしない
(注10)ポジション:仕事上の地位

1。 (問1)①そんなときあるが、どんなときか。

2。 (問2)②バツがつけられたとあるが、誰がつけるのか。

3。 (問3)③その後の仕事は断然うまく運ぶものだとあるが、どうしてか。