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 昔は、文盲(注1)である人が日本にもいた。「文盲」という言葉を使えば、差別語として新聞社は長い年月直ちに書き直しか削除を命じて来た。しかしこれはなかなか優しい美しい古い日本語だ。書かれた文字を見ても「眼の見えない人のように理解できない」ということを実に簡潔に言っている。①文盲も決してその人の素質ではない。むしろ社会的病状である。そのことを正面切って理解しようとしない人たちが異常な反応を示すのである。
 文盲というと私はすぐ思い出す光景がある。もう二十年以上も前のマダガスカルの田舎である。痩せて小柄な女性が赤ん坊をおぶって私の知人の日本人のシスター(注2)が働いているクリニック(注3)にやってきた。
 その時の相談の内容を私は全く覚えていない。看護師さんであるシスターが、フランス語でもない土地の部族の言葉で机の上においた薬を前に何か説明した。それは週に一回飲めばいい予防薬で、大人は四錠、抱いている子供にはその半分のニ錠を飲ませる、ということだったのである。しかしその母はどうにも理解できないような曖昧な表情で、あげくの果てに弱々しい声で言った。
 ②「薬はもらって帰らずに、また次の週にここで飲ませてもらいます
 シス夕一は彼女を帰したが、その後でいささか溜め息まじりに事情を説明してくれた。この土地では、多くの人が半分という概念(注4)を持てないのだという。「来週また来ます」と言っても、家の在り処(注5)を聞くと十キロくらい離れているらしい。その距離を子供をおぶって、人によっては裸足で歩いて来るのは大変なことだ。裸足の足の裏は象並みに分厚(注6)なっているから別に痛いということはないのだろうし、最近は確かに裸足人口も減って来ている。しかし、片道十キロずつ、往復二十キロを栄養不良の瘦せた体で歩くのは、楽な仕事ではない。③薬を持って帰ればそんな思いをしなくてすむのに、それができないのである

(曽野綾子『貧困の光景』新潮社)


(注1)文盲:文字の読み書きができないこと
(注2)シス夕一:キリスト教を信じ、その教えに従って仕事をしている女性
(注3)クリニック:病院
(注4)概念:ものごとについての理解
(注5)在り処:あるところ
(注6)分厚く:厚いようす

1。 (問1)①文盲も決してその人の素質ではない。むしろ社会的病状である。とあるが、筆者の言いたいことはどういうことか。

2。 (問2)②「薬はもらって帰らずに、また次の週にここで飲ませてもらいます」とあるが、どうしてか。

3。 (問3)③薬を持って帰ればそんな思いをしなくてすむのに、それができないのであるとあるが、このときの筆者の気持ちにいちばん近いのはどれか。