(6)
朗らかにふるまっている自分の外づら
(注1)とちがって、内づら
(注2)では死ということを常に考えている証拠に、死についての夢をよく見ます。このごろはどうしてだか新幹線に乗る夢をよく見ます。私は死という駅へ行く新幹線の切符を買っているんですが、この切符を持って改札口を通ったら、もう①
こっちへは戻れません、と書いた立で札があるのに、うっかり改札口を通ってしまって、あっ、この汽車で②
あっちへ行っちやうのかと思うんですね。その時の気持ちは何ともいえませんよ。
(遠藤周作『死について考える』光文社)
(注1)外づら:他人に対する態度
(注2)内づら:自分の心の中