ユーモア話をひとつ。電車が毎日のように遅れるので、(50)を立てた乗客が駅員さんにくってかかった(注1)。「いつも遅れるのだったら時刻表なんか出しておくな」。すると駅員、「時刻表がないと電車が遅れたかどうか分からないでしょう」。
 織田正吉さんの『笑いのこころユーモアのセンス』(岩波書店)にあった。道理に合わないことで相手をやりこめる詭弁(注2)型のジョークだそうだ。昔なら笑って(51-a)、今は笑った後で(51-b)。駅員さん、殴られなかっただろうか。
 駅員や乗務員への暴力が止まらない。去年の今ごろも同じ事を書いたが、減るどころか増えた。全国の25鉄道会社で昨年度に計869件は過去(52-a)だ。むろん(52-b)のようにやりこめたわけではない。強く出られないのを承知の卑劣な(52-c)である。
 よく知られたハインリッヒの法則(注3)は、一つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、300の異常があると説く。それに倣えば、一っの暴力沙汰の背後には膨大な暴言や嫌がらせがあろう。駅員さんたちは日々、心をこづき回されているのではないか。
 人が(53)、法律より広くモラルの守備範囲がある。法律が城の内堀なら、モラルは外堀だろう。外堀破りの不心得者が多くなれば、内堀を越える狼藉者(注4)も増えょう。乗降の人波が駅員さんの目に「怖い地雷原」と(54)。
 弱い立場をはけロにモンスタ一(注5)とやらが横行する「いちゃもん化社会」の一断面でもあろう。いらつく世の中の頭を冷やす、大きな水枕はどこかにないか。

(「朝日新聞」沃声人語〉2010年7月17日付)


(注1)くってかかった:激しい口調で立ち向かった。
(注2)詭弁:道理にあわない弁論。
(注3)ハインリッヒの法則:アメリカ人ハ一バ一卜・ウィリアム・ハインリッヒがき出した労働災害における経験則の一つ。
(注4)狼藉者:乱暴者。
(注5)モンスタ一:難癖をつける人。

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