短文
「よそにできないものを つく 作る。よそで作っているものはやらないほうがいい。」
 これは、⼩さな町の⼯場を世界に認めさせた原⽥社⻑の⾔葉である。そうは⾔っても、初めはだれでも⼈のまねから始めるものだ。だが、10年、20年、その技術をみがいていくうちに、世界で唯⼀、他のだれにもまねできない「ものづくり」ができるよになる。そうしてそれが、「よそにできないもの」となるのである。

(55)この筆者から⾒た、世界で唯⼀の会社」の特徴はどんなことか。

短文
(2)
本を⾒なけば、料理を何⼀つ作ることができなおという友⼈がいる。結婚して10年、毎⽇、朝昼晩の三⾷を料理の本を⾒て作っているのだと⾔う。
彼⼥は、外⾷するときも必ず「有名レストラン案内」というような本を読んでから出かける。服を買うときは雑誌に載っている店にいって、雑誌にお載っている服を買う。
つまり、彼⼥はどこへ⾏くにも何をするにも、必ず何かの雑誌や ほん 本で得た知識をもとに動かされていると⾔ってもいいかもしれない。マニュアルなしでは⾏動できない、彼⼥のような⼈を「マニュアル依存症」とでも⾔うのだろうか。

(56)筆者が⾔う「マニュアル依存症」ちはどんな⼈のことか。

短文
(3)
 ちょうど「⼈」という字が、⽀えあった⽴つ⼆⼈のヒトの姿に⾒えるように、⼈間という存在は、本来、他者の存在を必要としている。⾃分⼀⼈だけで⽴ってはおらず、他者がいて初めて⾃⼰という存在が確認できる。鏡があんければ⾃分がどんなふうにみえるのかわからないように、他者が存在しなけらば、⾃分の⾔動を客観的にみることはできない。確かに、⼀⼈⼀⼈が集まって社会は成⽴しているが、逆に、社会というものがあってこそ、( )も存在できるのである。

(57)(   )に⼊るさい最も適当な⾔葉はどれか。

短文
(4)
 たとえば、定期検査というのがありますね。これ、私たちハンバーガーを作って売る店には意味がないんです。いつ調査に来るかわかっているなら、その⽇だけしっかり対応しておけばいい。ほかの⽇は、⼿を抜いても安⼼だと考えるようになる。それでは、万⼀事故が起こった場合に、対応できない。むしろ事故の起きる可能性が⾼いと⾔ったほうがいい。
  企業の経営は、 つね 常に、最悪のことを考えておかなければならない。最悪の事態を防ぐには、あらゆる可能性を考慮して、注意を払う必要があるんです。

(58)筆者が最も⾔いたいことはどれか

短文
(5)

2009年11月18日


株式会社
営業部 御中

株式会社さくら
営業課 木村


前略
 さて、先日注文したマグカップ・ブルー500俄ですが、本日到翁しました。早速確認致しましたところ、うち200個がマグカップ・ブルーではなく、マグカップ・イエローでした。色追いなので、単なる手違いだと思いますが、お調べいただいた上、至急文通りの品をお送り下さいますよう、お願いします。なお、注文したものが全て届き次第、誤送分を返させていただきます。よろしくお願い鋲します。

(59)この⼿紙の中の社会についてただ 正しいものはどれか。

中文
 イギリスの⼩学校では、メディア(注1)について考える授業が取り⼊れらている。
「ステレオタイプの説明ができる⼈は?」
 先⽣の問いかけに、いっせいにてがあがった。
「ある決まったイメージで、⼈とかものについて⾔うこと。」⾃信たっぷりに男の⼦が答えた。
「コンピューターゲームのコマーシャル(注2)に、男の⼦しか出てこないのはおかしいわ。わたしだってやっているのに。」と⼥の⼦。
「コマーシャルに出てくる家族は、まきって優しいお⽗さんとお⺟さん、かわいい男の⼦と⼥の⼦。おまけに、みんなとても幸せそう。でも、①それって変じゃない?」と、別の⼥の⼦が疑問を投げかけた。
 ⽣徒たちは、「メディアの中の現実」と「⾃分たちが住む現実」とを⽐べることで、メディアが映し出す世界を、新たに認識し直す作業をしているのだ。コマーシャルは、商 品を売るために「作られた」ものであり、現実そのものではないこと。「男の⼦らしさ・⼥の⼦らしさ」とか「幸せな家族」というイメージは、⼦どもたちの周りにあふれているが、それらが必ずしも「本当のこと」ではないこ と。授業では、それを⼦どもたちに気づかせていった。
 ⽇本に住むわたしたちも、⽇々、さまざまなメディアに せっ 接しながら暮らしている。
わたしたちもまた、⽂字読み書きや⽂章の読解に加えて、②メディアについて学ぶ必要があるのではないだろうか。
(注1)メディア: テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など
(注2)コマーシャル:ここではテレビで返送される宣伝・ 広告のこと

(60) ①「それ」はなに 何をさ 指していますか。

(61)②「メディアについて学ぶ」とあるが、ここではどういうことか。

中文
 今⽇は、元中学教師で、現在は⼤学講師の松⽥さんを紹介します。中学教師時代には校内暴⼒で荒れた学校を⽴て直し、野球部を5回も⽇本⼀に導いた松⽥さん。①「⾃⽴型⼈間」を育てるのが何より⼤事だと松⽥さんは⾔います。その指導⽅法の特徴は、まず具体的な⽬標を書かせることです。それに向けて⾃分の問題点をはっきりさせ、解決策を考えさせるのです。こうして、⾃ら考えて⾏動する⼈間を育成するのが松⽥さんのやり⽅です。
 松⽥さんは、さらに②職場での上司(注)と部下の関係についても話っています。
 「ここに川があるとしましょう。この川をいっしょに渡ろう、というのが先輩と後輩の関係。でも、上司と部下は違う。川の向こう側に部下がいて、上司は部下をこちら側に渡って来させなければならない。そのときに、やさしい声をかけていたら、部下のやる気は起こらない。部下の能⼒を⾼めてあろうと思ったら、川のこっちと向こうとの対⽴関 係を恐れてはいけない。そのためには、部下を正しく評価すると同時に、⽋点もはっきり⾔うべきないです。」
 松⽥さんは、「リーダーは、とにかく社員たちに関わってやることが重要だ」と⾔います。「褒めるのもオーケー、叱るものオーケー。とにかく関わってやること。それが⼤事なんだ」。⼤⼈が⼦供を育てるときでも、教師が⽣徒を教えるときでも、上司が部下に接するときでも、基本的には同じだと⾔うのです。
(注)上司: 会社などどの職場で、⾃分より地位が上の⼈。部下は、地位が した 下の⼈

(62)①「⾃⽴型⼈間」とは、どんな⼈間か。

(63)「松⽥さん」重視する②「職場での上司と部下の関係」とは、どれか。

(64)「松⽥さん」が重要だと考える上司の態度は、どれか。

中文
 考え事をしていて、うまく⾏かないときに、くよくよしているのがいちばんよくない。だんだん⾃信を失って⾏く。論⽂や難しい原稿を書いている⼈にしても、書斎にこもりっ切り(注1)で勉強をしているタイプと、ちょいちょいたいした⽤もないのに⼈に会うタイプとがある。
 ちょっと考えると籠城(注2)している⼈の⽅がいい論⽂を書きそうであるが、実際は①⼈とよく合っている⼈の⽅が、すぐれたものを書くようだ。仲間と話をする。みんな、ダメだ、ダメだ、と半ば⼝ぐせのように⾔っている。それを聞くだ⾃分だけ苦労しているのではない。まだ、ましな⽅かもしれないという気持ちになる。間接的にほめられているようなものだ。帰ると意欲がわくということになる。ひとりでよくよするのは避けなくてはいけない。⼈と話すのなら、ほめてくれる⼈と会うようにする。批評は するど 鋭いが、よいところを⾒る⽬のない⼈は敬遠する。
 ⾒え透いたお世辞のようなことばを聞いてどうする。真実に直⾯せよ。そういう勇ましいことを⾔う⼈もあるが、②それは超⼈的な勇者である。平凡な⼈間は、⾒え透いたことばでも褒められれば、⼒づけられる。お世辞だと分かっていても、いい気持になる。それが⼈情なのではないかろうか。
(注1)こもりっ切り:ずっと中にいて外出しようとしないこと
(注2)籠城:こもりっ切りとほぼ同じ意味

(65)①「⼈とよく合っている⼈の⽅が、すぐれたものを書くようだ」のはなぜか。

(66)②「それは超⼈的な勇者である」とあるが、「超⼈的な勇者」とはどのような⼈か。

統合理解
  相談者:
 私は息⼦のことで相談させてください。息⼦は⼤学2年⽣なのですが、とてもおとなしい性格で、学校へ⾏くはほとんど⾃分の部屋で過ぎしていま
す。夏休みなど学校がないときは、3度の⾷事のときに部屋を出るだけです。もう⼤⼈なのだから、親はよけないことは⾔わず、⾃由にさせたほうがいいと思いますが、①⼼配です
友だちがゼロというわけでもないらしく、⽉に⼀度くらいは さそ 誘いが来て、出かける
こともあります。いいアドバイスがあったら、お願いします。

回答者:A
 親⼦の関係は難しいですね。⾷事のときにコミュニケーションがとれていれば、問題ないと思います。とにかく体を動かすこと。やはり、健康が⼀番ですから。といっても。⼩さなお⼦さんじゃないのですから、無理にさせるのもよくありませんね。それとなく、アルバイトをすすめるのがいいんじゃないでしょうか。できれば⼈と接する仕事がいいと おも 思います。それをきっかけに、コミュニケーションがもっととれるようになるかもしれませんよ。

回答者:B
 おっしゃるとおり、息⼦さんはもう⽴派な⼤⼈です。本当は親から独⽴したいと考えているのだと思われます。この年ごろにはだれもが経験することです。親にとっては⼼配でしょうが、本⼈から悩みを相談して来るまで待つことをおすすめします。少しでも⼝を出したり、⼿助けをしたのでは、独⽴とは⾔えません。いつまでも息⼦さんの前では⼼配な顔を⾒せず、どーんと構えているのが⼀番です。

(67)①「⼼配です」とあるが、何が⼼配か。

(68)「相談者」の相談に対するA,Bの回答について、ただ 正しいのはどれか。

長文
 「ぼくは学生時代から数学の成績が良かったから、数学の才能はある方だと思もうのですが・・・・・」
 わたしは学生時代から数学がまったくダメで、全然才能がありません。これが息子に遺伝するのではないかと心配で・・・・・」
 こんな話をよく耳にする。多くの人ひとが、数学の才能があるかないかおいうことを、学生時代の数学のテストの点数で論じているのだ。しかし、小学校の算数から始まって、大学の学部程度までの数学を理解するのに、才能も何も関係ない。①それを理解する能力は、日常生活をきちんと送れる能力とあまり変わらない。そう私は思もっている。②「数学の才能」と呼ぶのにふさわしい能力の持もち主しとは、歴史に名前を残こしているような大数学者を言うのであって、百年に一人いるいないだというのが私の考えなのだ。
 では、「大学の学部程度までの数学を理解する能力」、すなわち「日常生活をきちんと送くれる能力」とは、どんな能力だろうか?
 だいたい次の四つのことができる能力と考えればいいだろう。それができれば、後あとは、努力次第である。その四つとは、「辞書を引くことができる」、「自分のカバンを自分のロッカーに入れられる」、「料理を作くれる」、「地図を描ける」である。なぜ、これらの能力があれば、大学の学部までの数学は理解できると言えるのか。
 例えば「英語の辞書が引ける」ということは、アルファベット26文字の順序関係を理解できるということだ。国語辞典なら、51もの数の小関係が理解できるということになる。「自分のロッカーが使つかえる」ということは、自分のカバンを自分番号のロッカーにしまえるということだから、すなわち「一対一」対応たいおうの考え方かたを理解できると言うことだ。「料理を作つくれる」ことは、ものを観察かんさつし、予測よそくする力ちからがあることを意味し、「地図を描ける」ことは、線や記号を使かって実際の空間を平面にする能力、すなわち、抽象化する能力を意味しているのだ。
 だから、これら四つの能力があるにもかかわらず数学ができないという人ひとは、数学を理解する能力がないということではなくて、単に努力をなぜ、なまけていただけだと思もうのだ。

(69)①それは何を指しているか。

(70)筆者の考える②「数学の才能」とは、どのようなものか。

(71)筆者がこの文章で言いたいことはどんなことですか。

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(72)会議室を予約するために、必要なものはどれか。

(73)次のうち、この施設で許可きれていないものはどれか。