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ぼくは痛みが嫌いです。それは痛みというものが、単に肉体的な痛みや苦痛であるだけでなく、人間の精神にまで大きな影響をおよぼすものだからです。
元気になるための治療なのだから少々の痛みは我慢しなさい、というのがこれまでの医療の立場でした。もっと無神経な治療の現場では患者の痛みそのものが無視されていたようなケースもありました。
病気を治すのだから痛みがあるのはあたりまえだ、というのが暗黙のうちにほ
(注1)常識となっていたのです。(中略)しかし、苦痛によって精神が破れることもあるのは事実です。痛みは肉体を蝕む
(注2)だけでなく、人間の心や魂までも変形させるものなのです。だから、ぼくは痛みが嫌いです。
(五木寛之『生きるヒント 5 —新しい自分を創るための12章一』文化出版局による)
(注1)暗黙のうちに:何も言わなくても
(注2)蝕む:少しずつだめにする