もしただいま大恋愛の最中だったら、本など読むことをおすすめしない。とくに恋愛小説など、間違っても読んじゃいけない。たとえバルザックの『谷間のゆり』のような純愛小説の傑作をもってきても、トルストイの『アンナ・カレーニナ』のような不倫小説の傑作をもってきても、あなたが現に夢中でうちこんでいる恋愛の生なましい体験に比べたら、色あせてしまうにちがいないからだ。
 また恋愛中の相手の恋人に、本の話など仕掛けてはいけない。たとえば遊園地に行って黙って恋人とジェット・コースターに乗って遊ぶことに比べたら、ずっと不毛なお喋りにすぎないからだ。
 だがおなじ本を読むことでも、おなじ本の話でもいいからやってみたほうがいい。もしも恋愛が峠をこえたと思えたり、これは失敗だったと思えたりしたときには。
 本には恋愛の終りや失恋の辛さを、もとに返す力はないが、あなたの恋愛の終りや失恋をもう一度、あなたが体験したよりもっと巨きく、もっと深く体験させてくれる力があるからだ。

(吉本隆明『読書の方法なにを、どう読むか』光文社)

1。 (2) この文章で筆者が最も言いたいことは何か。