以下は、カウンセラーに相談することについて書かれた文章である。
人からよく相談される人というのは、じっくり相手の話に耳を傾けてくれる人であるはずだ。相談者は、答をすぐに出してほしいのではなく、まずはじっくり話を聞いてほしいのだ。語りたいのだ。
相談に行って、親切にもこちらに代わって即座に答を出してくれる人がいたとして、それは助かったと素直にその回答を採用するほど、僕たちは単純素朴ではない。だいいち、本人がいくら考えてもわからない難問に対して、事情もよくわからない他人からそんなに簡単に答を出されてはたまらない。
だからといって、人に話すことが役に立たないというのではない。いや、むしろ大いに役立つのである。あんなに悩んでいたのに、いろいろ迷うばかりでどうにも答が出なかったのに、人に話してみたら案外簡単に建設的な(注1)解決策が見つかった。そんなことも珍しくない。(中略)
そうしたケースでは、悩みや迷いを話した相手が答を出してくれたわけではない。相手に事情がわかるように話して聞かせているうちに、これまでと違った視点からの回答がふと思い浮かんだのである。これまでいくら考えても思い浮かばなかったことが、別の構図(注2)のもとに突然浮かび上がってくる。迷いが吹っ切れる(注3)瞬間というのも、そのようにして訪れるのだろう。
では、そうした別の構図をもたらす(注4)新たな視点は、いったいどこからやってくるのか。それは、語り合いの中からというしかない。聞き手がいることで、聞き手にわかるように事情や自分の悩める思いを説明しようとする。聞き手がわかってくれないことには話が進まないので、聞き手に理解してもらうにはどう説明するのがよいかを工夫しながら話すことになる。
そこで意識されるのが、聞き手の理解の枠組み(注5)、つまり聞き手がものごとを理解するのに主として用いている枠組みである。聞き手の理解の枠組みを意識しながら、事情を説明し、自分の悩める思いを説明しているうちに、自分の理解の枠組みと聞き手の理解の枠組みが交錯(注6)しつつ融合し(注7)、そこに自分ひとりで考えていたときとは違った視点がもたらされる。そんな感じなのではないだろうか。
その新たな視点を採用してみると、これまで経験も違った意味をもってくる。目の前の現実の見え方も一変する。
(注1)建設的な:ここでは、よりよい
(注2)構図:ここでは、とらえ方
(注3)吹っ切れる:消えてなくなる
(注4)もたらす:ここでは、生み出す
(注5)枠組み:ここでは、方法
(注6)交錯する:交差する
(注7)融合する:一つになる