小説家になりたい人には「好きな作家のものを全部読む」という読書法をすすめる。好きな、というのは、自分に合っている気がして読みやすく, しかも楽しいというものだ。
いろんな作家をちょっとずつ読む、というのでは、あまり身につくものがない。ベストセラーになっている話題作をせっせと追いかける、というのは
もっとよくない。
(注1)
ベストセラーになる小説は、とりあえず何かいいところがあって売れているのだから、読めば参考になるではないかと言うかもしれないが、それを読んで参考にしている人がたくさんいる、ということなのだ。みんなが狙っている方向で、自分もやってみるというの では、目立つこともないわけである。
(中略)
ひとりの作家(あなたにとって、不思議に肌合
(注2)いがよくて楽しめる小説を書く人)の全小説を読んでみるのは、知らず知らずのうちに、その作家の「小説作法」を感じ取ることである。この人は小説を、このように構成するのだ、そこが心地
(注3) いいの だ、とわかることである。この人は人間心理を、このように描写する
(注4)。この人の社会観はこうである、なんてこともわかる。
②
それがわかれば、似たようなものを書くところまであと一歩、なのである。特別にマネ して書こうと思っていなかったとしても、書くものは自然と,その作家の作風
(注5)と 似たものになり、初心者が書いたにしては完成度が高いものになるだろう。
こう反論する人がいるかもしれない。小説を書いて世に発表したいという願望は、自分というものを世間に知らしめたい
(注6)ということであって、つまりは自己表現状から出てくるものだ。それなのに、他人の作品をマネているのでは、自分の表現にはならないのではないか。
自己表現状のことは、確かにその通りである。しかし、慌てないで順に段取りを踏んで いこうではないか。いきなり自分らしさを出したいと考えるのではなく、まずは世間が振り向いてくれるレベルのものが書けるよう、上達する必要があるのだ。
私の書くものには価値があるのだから、世間は注目しなければならない、と思い込んで しまう人が案外いるのだが、それではなかなか読んでもらえない。
だから、まずはうまく書けるようにならなければいけない。
そのための訓練として、ある作家を熟読
(注7)しているというのは、大変に有効なので」ある。
(清水義範『小説家になる方法』による)
(注1) ベストセラー:ここでは、最も売れている本
(注2) 肌合いがよい:ここでは、自分の感覚に合う
(注3) 心地いい:快い
(注4)描写する表現する (注5)作風:作品に表れた特徴
(注6) 知らしめたい:知らせたい (注7)熟読する:意味を考えて、よく読む。