政治の世界では、言葉の解釈を巡って状況が一転、二転し、大混乱することがある。国を代表する首相が野党のみならず与党内からも退陣要求があり、やむを得ず「一定のめどが付いた段階で若い世代への引き継ぎを果たす」と公表したにもかかわらず、後から、自らの発言について「辞任表明をした覚えはない」と態度を一転させたため①大混乱を招いたのは、つい昨年のことである。
首相の政権運営に対する批判が与党内からも湧き起こり、党の分裂を恐れた前首相が直接首相に辞任を促し、合意を得て覚え書きを交わしたにもかかわらず、その文面に「矢任」の2字がなかったために起きたことであった。さらに、この首相は、追い詰められて辞任は認めたものの、②「一定のめどが付くまで」というあいまいな言葉を盾に、首相在任期間の引き延ばしを図ったのであった。当然、前首相は交渉の席で、辞任の時期については「国政での重要な二つの案件を解決した段階で」と明確に断っていたし、首相もそれに異を唱えなかった。両者の聞では、「一定のめど」とはそういう意味だった。にもかかわらず、首相は後に、「一定のめ
ど」というあいまいな言葉の解釈を変えて、自分の都合のいいように延期してしまったのである。激怒した前首相は、現職の首相を「ペテン師」あるいは「詐欺師」と同じだとまで言い、非難した。
当時、どこまでも無責任な首相の潔くない態度に国民は呆れたものだが、これもあいまいな表現を好んで使い、明確に断言することを嫌う日本人の国民性が引き起こしたものではなかろうか。欧米のような契約社会では、 起こり得たないことである。よほどお人よしな前首相と、よほど恥知らずな当時の首相が交渉したからだという個人の人性格の問題だとする解釈も成り立つかもしれないが、それよりは、同じ日本人だから起きたことと考えるほうが事実に近いだろう。典型的な日本人である前首相に対し、日本人の国民性を十分承知した当時の首相が日本人離れした悪知恵を他から得て、権力の座にしがみつき、延命を図ったということなのだろう。
それにしても、同じ与党内の前首相に「詐欺師」呼ばわりされる首相が現れたことは前代未聞のことである。あいまいな日本語を使い続けていると、痛い目に遭うという教訓を国民全体に知らしめたという意味では、それなりの効果はあったと言うべきだろうか。それよりも、同じ日本人が日本人の性格を利用して相手を騙すような社会にたってしまったことを象徴しているようで、暗い気持ちになる。若い世代がこれをどう受け止めたか気になるところである。