60年ほど前、児童心理学者シャーロット・ビューラーは、子どもが自分にできるようになった力を用いることに喜びを見出し、その力によって様々なことを発見し、育つことの重要性を指摘しました。彼女はこれを「機能の喜び」と名づけていますが、自分の力(機能)を使うこと自体が子どもにとって喜びであり、それによって学び、育つという、人間の発達の本質をいい得て妙(注)だと思います。
 代は、この「機能の喜び」がとかく無視されているのではないでしょうか。親は「良育」にせっかちなあまり、子どもが熱中していることに我慢できないようです。遠回りにも時間の無駄にもみえるのでしょう。そのため、自分の考える①「よかれ」の計画路線に子どもを歩ませようとします。(中略)
 「機能の喜び」を味わう機会の減少は、自分が学ぶ力をもっていることについて知る体験を子どもから奪うことでもあります。同時に、子どもの自己効力感を育てる機会を奪っています。日本の子どもたちは、ある程度の能力をもっていても自信をもてない傾向が強いのですが。自力達成の機会の少なさも一因でしょ、親の過剰な教育熱がかえって、子どもが自ら育つことを疎外してしまっているのです。その意味でも、②子どもの発達権」の保障は急務です。
(注)いい得て妙:実にうまく言い表している

1。 (1)①「よかれ」の計画路線とはどういう意味か。

2。 (2)筆者は、現代の親にはどのような特徴があると述べているか。

3。 (3)ここで言う②子どもの発達権」の保障とはどういうことか。