鳥のように飛ぶ夢は、自由への渇望とも、抑圧への裏返しともいわれる。20世紀絵画の巨匠はどんな夢を見ていたのだろう。抱き合う恋人たち、動物、故郷の幻給。万物が画布を舞う。
上野の東京芸大美術館(50)シャガール展
(注1)が始まった(10月11日まで)。仏ポンピドーセンター
(注2)の作品群は、(51-a)な夢のかけらを(51-b)。まとめての公開は初という歌劇「魔笛」の舞台装飾デッサンは、晩年、米メトロポリタン歌劇場
(注3)に頼まれた仕事だ。
帝政ロシア出身のユダヤ人(52-a)にとって、劇場のあるニューヨークは(52-b)の地でもある。ナチスから逃れ来た異境で、30年連れ添った同郷の妻べラに先立たれた。放心の果ての一作「彼女を巡って」が(52-c)。
深い青の中に、すすり泣く妻と自身、古里を映す水晶球を配し、上を新婚夫婦やハトが飛ぶ。嘆きの主に7年寄り添った女性バージニア・ハガードが、制作中の姿を『シャガールとの日々』(西村書店、中山公男監訳)に記している。
く彼の顔は緊張し苦痛に満ちていた。激しいを感じているようにも見えた……べラ(53)しまったものを、もう一度この世に呼び戻そうとしているのではないかと思うほどだった〉。涙で溶いたような紺青
(注4)だ。
この絵と対照をなす「日曜日」は、65歳で再婚した頃の作。菜の花色のパリの空を、新妻を抱いて遊覧する幸せの休日である。嘆いては漂い、ほほえんでは舞うシャガール。97年の生涯を満たした悲しい喜びは、今すベてから解き接たれ、私たちの前に(54)。
(「朝日新閔」〈天声人!!〉2010年6月16日付)
(注1)シャガール:ロシア生まれの画家。パリで活躍(1887-1985)。
(注2)ポンピドーセンター:パリにある芸術文化センター。
(注3)メトロポリタン歌劇場:ニュ一ヨ一クにあるオペラハウス。
(注4)紺育:明るく鮮やかなあい色。