日本の交通機関は、アナウンスも掲示も「お願い」が多い。ある地下鉄の優先席に〈ゆずりあう心が、明るい車内をつくります〉とあった。「つくる」という動詞に二つを思う。乗り心地は客にもよること、(50)「こわす」者の影である。
 東京の声欄に、少年(12)の投書「バスに乗ったらトンデモ乗客」があった。都下町田市。バスが5分遅れで停留所に着く。少年が母親と乗り込むと、男の客が女性運転士を怒鳴り上げたそうだ。
 遅れに立腹したか、座っても車体を(51-a)手すりに(51-b)。信号では「黄色なんだから突き進め!」。当然、車内は「とても怖い感じ」になった。降り際には、運転士の名を確かめるそぶりも見せたという。
 4日後、当の運転士(46)の感想が載った。(52-a)ゆえに当たりやすいのなら、これほど(52-b)はないと。「怖い思いをさせて申し訳ありません。でもありがとう。お陰で、これからも気持ちよく乗ってもらえるよう頑張る(52-c)が出ました」
 乗務員は客を選べず、客も隣人を選べない。とりわけストレスの発火点が低い都会では、車内のトラベルは茶飯事(注1)だ。大抵の大人は、険悪への感度を鈍らせる(53)。音楽や携帯電話で耳と目を「開店休業」にするのも一つだろう。
 攻撃と防御がせめぎ合う(注2)都市のくらし。とんでもない客に当たった運転士や駅員も気の毒だが、居合わせた子どもはたまらない。耳目が無防備だから、とんがる(注3)空気に丸裸でさらされてしまう。怒声と鈍感が並走する車内で、ちいさな(54)。

(「朝日新聞」く天声人語〉2010年6月29日付)


(注1)茶飯事:日常ふつうのこと。
(注2)せめぎ合う:互いに対立して争う。
(注3)とんがる:いらいらして人に当たる。

1。 (50)

2。 (51)

3。 (52)

4。 (53)

5。 (54)