(9番)
ヨーロッパに、①
“忙しい人ほどヒマがある”ということわざがある。忙しい人は集中して手早く仕事をしてしまうから、そのあとに、自由な時間ができる。それにひきかえ
(注1)ありあまるほどの時間をもっている人は、ちょっとしたこともダラダラしている。いつまでも終わらないから、かえってヒマがなくなり忙しい思いをする。そういう逆説
(注2)を述べたものである。
『パーキンソンの法則』という有名な本に、こんなエピソードが出てくる。有閑
(注3)、富裕な
(注4)あるおばあさんが、メイ
(注5)のところにはがきを書こうと思い立つ。メイは避暑先にいる。アドレスをさがして二十分。文面を考えて四十五分。書き上げた手紙を投函しにポストまで行くのに、洋傘をもっていくかどうかを考えて二十分。しめて
(注6)一時間半近くかかる。時間がいくらでもあるからで、忙しい人ならすべてが三分で終わる。
②
時間は必要だが、ありすぎると、よろしくない。すくなくとも、あると思うのがいけないのである。
時間はすこし足りなめなのがよろしい。時間と競争して仕事し、勉強する。緊張と集中のもとで行われるところから、立派な成果が生まれる。時間が足りないという気持ち、タイム・ハングリーである必要がある。
そのためには、あまり多くの時間をかけないことである。勉強時間にしても、多ければ多いほどよいなどと考えるのは禁物
(注7)。むしろ思い切って、時間をすくなくする。その方が充実した
(注8)勉強ができる。
(外山滋比古『ちょっとした勉強のコッ』みくに出版)
(注1)それにひきかえ:それとは反対に
(注2)逆説:ふつう考えられることとは逆の考え方
(注3)有閑(な):ひまな
(注4)富裕な:金持ちの
(注5)メイ:姪
(注6)しめて:全部で
(注7)禁物:してはいけないこと
(注8)充実した:内容がたくさんある