(4番)
「笑う門には福きたる」という上方
(注1)の諺がある。ニコニコ笑っている家には福運がおとずれる
(注2)いうことだ。
人間は喜びをもとめ、悲しみを避ける。それは万国共通の人情ではあるが、笑いというと、これはもう「文化的」なものだ。うれしいからかならず笑うというものでもないし、悲しいから泣くというものでもない。喜びの感情と笑いの表現とは直接的にはつながらない。一国の文化の特徴がしみついた表情が、それぞれぞれのお国柄
(注3)の笑いをつくる。
①
笑いはかならずしも国境をこえない笑いはかならずしも国境をこえない。イギリス人ならけっして笑わないことでも私たちが笑いころげることはあるし、その逆もまたありうる。また、日本人の笑いといっても、一様
(注4)ではない。地方ごとに微妙な差があるし、年齢によっても笑いの質が違う。箸のこけたのを見てもゲラゲラ笑っている娘たちを、老人はいぶかしげに
(注5)、ときには不愉快そうに見る、といったあんばい
(注6)だ。
笑いは複雑な人間的表情である。だからこそ、笑いの理論といったものも、なかなか一定にさだまりにくい
(注7)のである。
(多田道太郎『しぐさの日本文化』角川書店)
(注1)上方:京都、大阪地方
(注2)おとずれる(訪れる):こちらへ来る
(注3)(お)国柄:その国や地方に独特の特徴
(注4)一様:全部が同じようであること
(注5)いぶかしげに:疑問を持っているような様子で
(注6)あんばい:様子
(注7)さだまりにくい(定まりにくい):決まりにくい