(3番)
日本人なのに日本語を知らないという現象、「日本人の日本語知らず」がしばしば話題になる。その例としてよく出されるのが「情けは人のためならず」ということわざの解釈である。このことわざの意味は「あたたかい思いやりの心をもって人に親切にすれば、良いことが自分に返ってくる」ということ、つまり、①「
情けは人のためではない」と言っているのだ。ところが、これを取り違えて解息する人が多いらしい。この取り違えはどこから生じるのか。文法に強い友人の説明によると、誤りのポイントは「ならず」という部分にあるということだ。「ならず」は古い言い方で、現代語にすると「ではない」という意味だから、「情けは人のためではない」が本来の意味である。それを「人のためにならない」と解釈してしまうので、意味の取り違えが生まれる。その結果、「人に親切にしてもその人のためにならないから、親切にしないほうがいい」と理解する人が多いらしい。ことわざには、しばしば古い文法が用いられている。「ならず」の固定形は「なり」で、これは「だ・である」に当る。だから「ならず」は「ならない」ではなく、「ではない」になるわけだ。文法的にはこれで納得がいくのだが、一方で、なにか②
割り切れない思いが残ってしまう。ことわざには逆説的な
(注1)意味をもつものが少なくないのだが、とはいっても、このような「新解釈ưが生まれる背景
(注2)には、現代の乾いた人間関係があるように思えてならないからだ。
(書き下ろし)
(注1)逆説的な:一般に考えられていることとは逆の
(注2)背景:裏、後ろ側