もうひと昔前になるが、警察庁のなかに道路交通の委員会が発足し
(注1)、第一回の会合に出席したことがある。そのとき事務局からの説明はこうだ。
「近年、東京その他の大都会で道路が非常にこむようになりました。そこでこの混雑を解消するために、この委殺会を組織しました」
そこで私は潤いてみた。
「わかりました。では、この委員会は、どういう結果をもたらしたら成功したことになるんですか?」
評価――ルールといってもいいが――を決めてもらわないと、どういう作業をしていいのかわからない。どんな結果になれば、成功したことになるのか、いい換えれば何を最適化すればいいのかをはっきりさせたいと思ったのである。
しつこく聞くと、①
向こうは腹を立てた。とうとう、
「東京の道路の混雑がなくなればいいんです」
といいだした。
そこで私はこういった。
「東京の道路の混雑を緩和する
(注2)。これは簡単ですよ。東京から出るほうの信号機を全部青にしなさい。入るほうは全部青にしなさい。そうすれば、いったん出たら入れないんだから、東京はガラガラになって混雑はいっぺんになくなる」
こういう話をすると、不真面目なやつだと怒る人がいるが、私はやけくそになって
(注3)いったわけではない。混雑を緩和するといっても、いろいろなやり方があることを指摘した
(注4)かったのだ。
たとえばある交差点では、これまで1時間に800台しかクルマが通れなかった。それを新しいやり方にしたら1000台通れなかった。これを混雑が緩扣かんひかしたというのであれば、そのようなクルマの流れにする規制方法がある。
また、別のやり方だってある。ある交差点からある地点まで、いままで30分かからなければ行けなかった。それを新しいやり方にしたら、15分で行けるようになった。これも混雑の緩和だと考えることができる。
最初の方法は、進路の容量をできるだけ増やそうとするやり方。後者は旅行時間をできるだけ短縮するというやり方である。どちらのものさし、評価尺度しゃくど
(注5)を使うかによって、交通規制の仕方が変わってくる。だから、まず②
評価の尺度を決めることが必要なのである。
これは重要なことである。具体的な目標とは何かをクリアにしないで
(注6)、なんとなく話し合っているだけでは、結果はたいてい思わしくない
(注7)。日本人は言葉を使うのがうまいが、それだけにその言葉の意味をきちんと定義ていぎしないで
(注8)行動してしまうことが多いのである。
(唐津-『かけひきの科学情報をいかに使うか』PHP研究所)
(注1)発足:始まる
(注2)混雑を緩和する:混雑を少なくする
(注3)やけくそになって:どうでもいいと思って
(注4)指摘する:問題になることを示す
(注5)尺度:測る基準
(注6)クリアにする:はっきり示す
(注7)思わしくない:あまりよくない
(注8)定義する:ことばの意味をはっきりきめ