その男は、何匹かのネズミを飼っていた。かず多くのなかから選んだ、敏感な性質のネズミばかりだった。(中略)
男がネズミとくらしているのは、かわいがるだけが目的ではなかった。男はいつも、背中をなでてやりながら、こんなことをつぶやく。
「考えてみると、おまえたちがいなかったら、わたしは何回も災難にあっていただろうな」
ネズミには、近づいてくる危険を、あらかじめ感じとる力があるのではないだろうか。男はこのことに気づき、その利用を思いたったのだ。そして研究は成功し、①
役に立った かつて、ある日、ネズミたちが、とつぜん家から逃げ出したことがあった。わけがわからないながらも、男はそれを追いかけ、連れもどそうとした。
その時、激しい地震がおこった。さいわい外にいたから助かったが、もし家に残つていたら、倒れた建物の
下敷きになっていたはずだ。死なないまでも、大けがをしたにちがいない。
また、こんなこともあった。船に乗ろうとした時、連れてきたネズミたちが、カバンのなかでさわぎはじめた。乗るのをやめると、ネズミたちは静かになり:=読した船は、(A)。
こんなふうに、ネズミのおかげで助かつたことは、ほかに何回もあつた。それらを思い出しながら、
「なにしろ、事故や災害の多い世の中だ。これからも、おたがいに助けあつていこう」と男がエサをやっていると、ネズミたちがそわそわしはじめた。いままでに危険が迫った時、いつも示した動作だつた。
「ははあ、なにかがおこるのだな。こんどは、なんだろう。火事だろうか、大水だろうか。いずれにせよ、さつそく引っ越すことにしよう」
急ぐとなると、その家を高く売ることはできなかつた。また、安い家をゆっくりさがしているひまもなかつた。しかし、それぐらいの損はしかたがない。ぐずぐずしていて、災難にあったらことだ。
新しい家に移ると、ネズミたちのようすは、もとにもどった。気分が落ちつくと、男はあわなくてすんだ災難がなんだったかを、知りたくなった。ぞこで、電話をかけて聞いてみることにした。(中略)
「そういえば、あれからまもなく、となりの家に住んでいた人もかわりましたよ。そんなことぐらいです」
「そうですか。こんどの人は、どんなかたですか。きつと、ぶつそうな人でしょうね」
と男は熱心に聞いた。災難は、②
となりにやってこた人に関連したことだろう。あのまま住んでいたら、いまごろiよ、やつかいな事件に巻きこまれたにちがいない。だが、相手の答えは、意外だった。
「いいえ、おとなしい人ですよ」
「本当にそうですか」
「たしかです。ネコが大好きで、たくさん飼っているような人ですから」
たくさんのネコ。人間にはべつになんでもない。しかし、ネズミたちにとっては、ただごとではなかった(※1)のだ。
(星新一著「災難」〔角川文庫刊『きまぐれロボットJ所収〕※一部省略あり)
(※1)ただごとではない:なんでもないことではない、大変なことだ(ネコはネズミを食べると言われていることから)