慣れ親しんだ百貨店(ひゃっかてん)が消えるのは、寂しい。
 東京・銀座(ぎんざ)の玄関として一世を風靡(ふうび)した、有楽町(ゆうらくちょう)マリオンの西武(せいぶ)有楽町店が今年末に閉店する。今年は丸井今井室蘭(まるいいまいむろらん)店、松坂屋岡崎(まつざかやおかざき)店がすでに閉じ、四条河原町阪急(しじょうかわらまちはんきゅう)なども閉める予定だ。
 昨年は三越池袋(みつこしいけぶくろ)店や、そごう心斎橋(しんさいばし)本店が姿を消してしった。長引く不況のなかで百貨店の閉店ラッシュが( 41 )本格化してきた。
 バブル崩壊後の1990年代半ばから続く百貨店業界の( 42‐a )に、世界同時( 42‐b )が追い打ちをかけている。この10年で140社から86社に、店舗数は310店から270店に減った。業界全体の売上高は9兆円から6兆6千億円に3割近くも縮小している。
 人員減らしも急ピッチで、老舗(しにせ)の三越でも社員の4分の1にあたる約1600人が早期退職に応じた。
 デフレ下で新興勢力にますます押されている。低価格を武器にする衣料品専門店や巨大な家電量販店、インターネット販売の台頭で、消費者の購買スタイルの変化も激しい。
 そんななか、百貨店業界は時代の変化を( 43 )でいるようにさえ見える。
 値段はちょっと高いが商品への満足感も、それなりに高い。ブランド重視、美術展なども織り込んだ手厚い顧客サービス。そうした百貨店の路線は90年代初めまで、全国各地で消費者から支持されていた。
 だが、老舗の看板、歳暮(せいぼ)などの贈答文化に安住し、新たな未来図を描けないできたところが少なくない。
 150年前、パリで創業した世界初の百貨店ポン・マルシェは豊富な品ぞろえ、商品値札、派手なショーウィンドー、季節セールなど新しい売り方に挑み、客の心をつかんだ。
 その原点に学んではどうだろう。高級ファッション中心の商法にこだわらず、もっと新しい商品構成や売り方に挑戦しながら百貨店の強みを生かす道は必ずあるはずだ。
 ユニクロが保温性肌着をヒットさせたように需要を掘り起こし、メーカーと共同開発する力は百貨店にもある。
 デパ地下の食品売り場や全国駅弁フェア、地方物産展などのイベントには、客があふれることも( 44 )。好立地の百貨店がモノを売る力はまだまだ大きい。
 観光大国をめざす日本に( 45 )、ワンストップで高品質の品々をそろえる百貨店は貴重な観光資源だ。銀座や日本橋(にほんばし)新宿(しんじゅく)はアジアを代表するショッピング街になりうる。全国で百貨店を観光資源として活用すれば、日本経済再生の助けともなる。
 きのう合併で大丸(だいまる)松坂屋百貨店が誕生した。こうした再編も恐れない新時代の百貨店のありようを見たい。

(「朝日新聞」2010年3月2日付)

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 日本で暮らす外国人の「在留管理制度(ざいりゅうかんりせいど)」が9日から一新された。60年続いてきた自治体発行の外国人登録証明書(外登証)が廃止され、国が発行する「在留カード」へ切り替える。国が情報を一元的に管理することで、不法滞在者を減らす狙いがある。一方で、在留資格がない外国人が、人権上の配慮で認められてきた教育や医療から( 41 )との懸念(けんめい)も指摘されている。
 日本に滞在する外国人について、これまでは法務省入国管理局(ほうむしょうにゅうこくかんりきょく)が出入国や在留期間の情報を、各地の自治体が居住地や世帯などの情報をそれぞれ管理していた。自治体は在留資格の( 42 )外登証を交付していたため、不法就労などに利用される問題もあった。
 こうした状況を解消しようと2009年7月に出入国管理法などが改正され、3年の周知期間を経て施行された。在留カードは3カ月を超えて日本に滞在する外国人に交付される。ICチップが付いており、顔写真や氏名、国籍、住所、在留資格のほか、仕事ができるかも明示され、不法就労を見抜ける仕組みだ。
 現在、外登証を持つ外国人は在留期間内(上限3年)に切り替えが必要。カードを持つ外国人は日本人と同様に住民基本台帳に登録され、在留期間の上限は5年に延長される。勤務先や留学先の変更や、離婚の届け出が罰則付きで義務づけられ、勤務先や学校には外国人情報を国に提供する努力義務も課された。
 新制度で問題となるのは、在留資格を持たない外国人への自治体の対応だ。不法滞在者は現在、6万7千人以上とみられる。これまでは外国人登録( 43‐a )、子どもの学習権や生存権を保障するため、義務教育や予防接種、母子手帳などの行政サービスが( 43‐b )。政府は「受けられるサービスは変わらない」との立場だが、今後は住民登録できないため、自治体側が居住実態を把握できず、サービスが( 44 )可能性がある。
 外国人を支援する市民団体が今年1~3月、県庁所在地の市など71自治体に実施したアンケートでは、「子の就学を受け入れるか」との質問で「居住実態が確認できれば可能」との回答が56あった一方、「不可」は4。残り11は「検討中」などと答えた。自治体の対応にばらつきが生じる恐れがある。
 国士舘(こくしかん)大学の鈴木江里子准(すずきえりこじゅん)教授(社会学)は「母国に帰れない外国人は日本で生きて( 45‐a )。生きて( 45‐b )人を見えなくする制度には反対だ」と指摘している。

(「朝日新聞」2012年7月9日付)

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 高級な刺し身やすし使われるクロマグロのうち、日本への供給量の半分を占める大西洋産が来なくなる可能性が出てきた。
 カタールで13日に開幕するワシントン条約締約国ていやくこく会議でこの海域に生息するクロマグロを保護するため国際取引を禁止する決議案が出される。
 有効投票の3分の2以上が賛成ならば、地中海を含む大西洋産のクロマグロの国際取引ができなくなる。欧州連合や米国が支持している。
 日本は世界中でとれるマグロの類の4分の1、クロマグロ( 41 )8割を消費している。クロマグロの国際取引が止まれば太平洋産に頼るしかなくなる。約1年分の国内在庫があるとはいえ、影響は大きい。
 この海域のクロマグロの資源管理は本来、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)の仕事だ。( 42-a )の恐れがある野生生物の( 42-b )が目的のワシントン条約で扱うのは筋違いだとする日本政府の主張には理がある。
 ただ、クロマグロの資源は年々減少している。欧州では、日本との取引を念頭に、生息する魚類を根こそる「巻き網漁」が広がり、乱獲や密漁も後を( 43 )。さらに、近年は、海でとった幼魚をいけすで太らせる「蓄養ちくよう」ビジネスが拡大している。
 ICCATはこれまで漁獲枠や禁漁期の設定によってクロマグロの資源管理を進めようとしてきた。しかしその効果は不十分だった。
 資源が枯渇しかねないという批判に対して日本政府も手をこまぬいていたわけではない。ICCAT加盟の漁業国とともに昨年11月、総漁獲枠の4割削減の決定に参加したが、欧州の環境保護派は納得しなかった。フランス、イタリア両国政府がその後、国際取引禁止支持へと立場を変えた。
 事態がここまで来た( 44 )、政府はただ決議反対を叫ぶよりも、ICCATが昨年導入した対策が実効性を持つよう規制を強め、日本が資源管理策の先頭に立つ決意を国際社会に示すことが大事ではないか。
 総漁獲枠の一層の削減、密漁や不正流通の監視態勢の強化、欧州諸国による巻き網漁船の減船。そうした只体策を示せば、日本の立場に理解を示す国が増えるだろう。
 注目したいのは、クロマグロを卵から魚に育てる完全養殖の技術だ。近畿きんき大学が世界で初めて8年前に実験に成功した。天然の資政の資源に頼らずにむ技術だ。実用化を急ぎたい。
 政府は、取引禁止になっても決定への「留保」を通告し、日本漁船も引き認める考えだが、日本への視線は厳しく( 45 )。
 マグロの味覚を守り続けるためには、資源保護への配慮とともに消費者の我慢も必要になってくる。

(「朝日新聞」810年3月8日付)

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 室効果ガス削減にどう取り組み、地球温暖化を止めるのか。その基本姿勢が揺らいでいるようでは、心もとない。政府が12日の閣議(かくぎ)決定をめざす温暖化対策基本法案づくりである。
 鳩山(はとやま)政権は「他の主要国が野心的な目標を掲げる」との前提で、「2020年まで温室ガスを1990年比で25%削減する」との目標を掲げた。その実現に向けて努力する、という意思を体した基本法が必要だ。
 京都議定書(きょうとぎていしょ)に続く温暖化防止の新しい枠組み( 41 )国際交渉は難航している。排出大国の米国と中国に目標の引き上げを促すためにも、基本法の制定で日本の意欲を示したい。
 ところが、法案の内容をめぐって「環境と経済のどちらを重視するか」という対立の構図がいまだに続いている。
 特に、温暖化防止策の大きな柱の一つであるはずの排出量取引制度をめぐり、意見の対立が深刻だ。
 あらかじめ企業が排出できる二酸化炭素の上限を定めておき、それを( 42‐a )企業は余った分を売ってもうけることができる。逆に、上限を( 42-b )企業は、その超過分を購入しなくてはならない。排出量を減らすほど得をする仕組みである。
 企業に削減努力を促す効果が期待されるが、排出の上限の決め方をめぐる対立が激しい。環境省(かんきょうしょう)や環境団体は排出総量を規制すべきだとしているの( 43 )、経済産業省(けいざいさんぎょうしょう)や産業界は生産量あたりの排出量規制を主張している。
 しかし、欧州連合(EU)の排出量取引市場や、米国が準備している取引市場は、いずれも総量規制に基づく。将来、この方式が国際標準になった場合、日本が違う方式にして不利な扱いを受けるようでは困る。
 また、生産量あたりの排出量が減っても、景気の回復で生産量そのものが増えれば、排出総量は増えてしまう。
 こうした条件を考えれば、大きな方向性としては排出総量の規制を原則とする( 44 )。
 鉄鋼や電力業界には「企業の経済活動が妨げられる」として、大胆な温暖化対策に消極的な姿勢が目立つ。
 日本企業が国際競争で不利にならぬよう、場合によっては例外を設けるといったやり方で配慮すべき部分があるのは事実だ。しかし、欧米と制度や競争条件を整えつつ低炭素化の技術革新で先頭を走ることこそ真の競争力である。その基本を重んじたい。
 温暖化が進めば経済への打撃も大きい。目の前にあるのは「環境か経済か」という選択ではない。
 環境税や排出量取引、自然エネルギー利用の拡大、原発の稼働率向上や老朽化( 45 )新設といった政策を大胆に進める。そんな基本法をめざし、対立を克服する努力を双方に求めたい。

(「朝日新聞」2010年3月9日付)

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 65年前のきのう、東京の下町したまちは米軍の爆撃で焦土になった。
 10万人が亡くなった東京大空襲とうきょうだいくうしゅうだ。
 夜を選び、日標の周囲に火の手を上げさせ、逃げ場をふさぎ、その中に30万発の焼夷しょうい弾をたたき込んだ。火災による上昇気流で、重さ60トンのB29爆撃機が飛行中、600メートルも吹き上げられたという。犠牲になったのは女性や子どもたち( 41 )普通の都民だった。
 これを機に米軍は日本本土の軍事目標への爆撃から都市を丸ごと破壊する戦略爆撃に転換する。2日後に名古屋なごや、その翌日は大阪おおさか、4日後に罪芦。犠牲者は30万人に上ったという。
 20世紀になって戦争による民間人の死者が格段に増えた。ひとつの理由は、戦略爆撃が繰り返されたことだ。( 42‐a )爆撃は米軍が編み出した( 42‐b )ではない。1937年、ドイツ軍の空襲で1600人が殺されたスペイン内戦下のゲルニカが有名だが、さらに大規模な都市空爆は、日中戦争中の日本軍による重慶じゅうけい爆撃だった。38年から5年間で1万人以上が犠牲になった。
 空からの都市攻撃で敵国の戦意をくじこうとする作戦はその後、第2次大戦で多用され、ロンドンやドイツのドレスデンでも大変な犠牲者を出した。そして終戦直前、広島ひろしま長崎ながさきに原爆が投下され、言葉で( 43 )ほどの惨状を被爆地にもたらした。
 重慶は国民党政権の臨時首都だった。爆撃のすさまじさはエドガー・スノーら米国の記者によって世界に伝えられたが、戦後の中国では被害者が声を上げにくく、彼らの体験が直接伝わるようになったのは近年のことだ。
 東京と重慶の被害者はそれぞれ日本政府を相手に集団訴訟を起こしている。重慶は爆撃した日本の責任を問い、東京は米国に対する補償の請求権放棄を問題にしている。東京の被害者も重慶にとっては加害国の一員だが、立場の違いを超えて連帯し、それぞれの被害の実態についてまともな調査すら行われていない現状を訴える。
 東京地裁とうきょうちさいは昨年末、東京大空襲訴訟での損害賠償請求を棄却したが、立法による解決を求めた。実態調査について「戦争被害を記憶にとどめ、語り継いでいくためにも、( 44 )配慮することは国家の道義的義務」とした判決は重く響く。
 近年、精密誘導兵器の進歩で街中の標的をピンポイント攻撃することも軍事技術的には可能になった。とはいえ、おびただしい数の核兵器が今なお世界中に存在し、( 45 )それが拡散する危険が強まっている。戦略爆撃を生んだグロテスクな思想は依然として過去のものになってはいない。
 65年前、東京で何が起きたか。誰がどう犠牲になったのか。今日の戦争と平和の問題を考えることにつながる。

(「朝日新聞」2010年3月11日付)

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 身近な製品に使われる資源が足りなくなる。争奪が激化するという。ならば、捨てられる製品の山から探し出して再利用するリサイクルの仕組みをつくれないだろうか。
 そんな知恵が求められているのがレアメタル。液晶パネルや携帯電話、ハイブリッド車などに不可欠な希少金属のことである。日本は、そのほとんどを輸入に頼る。
インジウムやリチウム( 41 )レアメタルは世界的に埋蔵量が少なく、産出国が偏る。しかも新興国の経済成長で需要は増えている。
 次世代自動車に必要な電池の材料になるリチウムをめぐっては、南米ポリピアを舞台に活発な首脳外交が繰り広げられている。日本の主な( 42-a )先である中国が( 42‐b )規制を強化していることも、心配の種だ。
 資源確保の外交努力は重要である。( 43 )、それに頼り切るわけにはいかない。リサイクルの仕組みづくりを進めるとともに、代替材料の開発にも力を注ぎたい。
 注目すべきは、使用済みの家電や携帯電話など非鉄金属やレアメタルを多く含む廃棄物だ。「都市鉱山」とも呼ばれる。だが、解体して資源を効率的に取り出す技術や、回収の仕組みは確立していない。そこに大きなチャンスが眠っている。
 経済産業省(けいざいさんぎょうしょう)をどが昨年11月から2月末まで実施した不要な携帯電話の回収では、56万台が集まった。含まれるパラジウムは約2キロで多くはないが、2億台ともいわれる「たんす携帯」のごく一部だ。消費者が回収に応じやすい環境を( 44 )、増やせる。
 携帯電話に限らず、企業はリサイクルを前提にした製品の設計や販売方法を工夫できる。そうした製品と回収ビジネスを含むリサイクルの仕組みは、新たな雇用を創出する機会となる。
 やがてはレアメタルの枯渇を防ぐ対策の一つとして各国のモデルになったり、資源争奪を緩和する手だてになったりするのではないか。
 とくに中国をはじめとする途上国には、世界中から使用済み家電などの「電子ゴミ」が流れ込む。資源を取り出し、処理する過程でひどい公害を引き起こしている。そうした問題の解決にも( 45 )。
 レアメタルと同じ役割を果たす材料の開発にも期待したい。大学や企業では、亜鉛や鉄などありふれた素材で代用する研究が進んでいる。
 2度の石油ショックが日本の省エネや環境技術の向上を推し進めた物語は、内外で有名だ。不足を克服するための知恵を再び発揮して、新しい物語をつくるべき時が来た。
 資源の効率的利用で争奪を避け、地球環境と調和する。新しい道への知恵を絞る先頭に、日本が立ちたい。

(「朝日新聞」2010年3月17日付)

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 またひとつ、前途が心配な空港が誕生した。全国で98番目となった茨城(いばらき)空港。経営を黒字にできる確かな見通しもないままつくられたのは、なぜなのか。よく考えてみたい。
 空港経営を黒字にできなければ、その負担を負うのは国民である。 
地元には、羽田(はねだ)空港や成田(なりた)空港に続く「首都圏第3空港」として期待する声もある。だが、茨城空港の定期就航はソウル便と神戸便のわずか2路線しか決まっていない。
 成田や羽田に近すぎて、航空各社が就航を見合わせた。年間の利用客数は、着工前の予測の5分の1ほどしか見込めない状況にある。空港運営で大きな赤字が避けられないほか、県の公社が営むターミナルビルでも赤字は年間2千万円ほどになりそうだ。
 需要が期待はずれとなった空港は( 41 )。海外も含めたビジネスや観光などで、利用客がこれから増えるに違いない。そんな捕らぬタヌキの皮算用があちこちで幅をきかせ、地元の期待をあおった。しかし、開港後は厳しい現実に直面する。日本中、そんな空港であふれている。
 国土交通省(こくどこうつうしょう)いまとめた全国の空港の国内線の( 42‐a )によれば、比較可能な69空港のうち、実績が需要( 42‐b )を上回ったのはわずか8空港だった。
 不況も一因ではあろう。しかし、建設反対論を押し切ろうと、( 43 )甘い需要見通しをつくったのではなかったか。そんな疑いもぬぐえない。
 需要予測は、人口や国内総生産の将来予想、観光需要などをもとに作られる。本来は客観的なものとなる( 44 )、その調査の多くは国土交通省出身者が幹部を務める財団法人などに委託されている。
 全国の空港で駐車場や保安業務の多くを請け負っているのは国交省(こっこうしょう)航空局が所管する27の公益法人だ。うち20法人に官僚700人以上が天下っている。空港利権に期待する関連業界や自治体、政治家。官僚もそのなれ合い構造にくみした結果が、無責任な空港建設につながったのではないか。
 98空港の多くは赤字経営だ。その運営維持に巨額の税金がつぎ込まれ続ける事実も忘れてはならない。昨年1月に日本航空が撤退して経営が苦しい福島(ふくしま)空港では、空港運営の赤字を税金で年間3億~4億円穴埋めしている。
 アジアなどからの客を呼び込むなど、各空港が経営の改善に向けて努力することが望まれる。だが赤字垂れ流しをいつまでも続けることはできない。見通しが困難な空港は、思い切って統廃合を進めるしかない。
 ハブ化する羽田との連絡など航空網の未来図は( 45 )、新幹線と高速道路も含む総合的な基幹交通ネットワークを描きながら、空港ごとの採算性を厳しく問いたい。

(「朝日新聞」2010年3月12日付)

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 インターネット上の書き込みに対しても、名誉棄損(めいよきそん)罪は活字や放送メディアと同じ程度の厳しさで適用される。そういう初の判断を最高裁(さいこうさい)が示した。
 罪に問われた男性は自分のホームページで、外食店を展開する企業を「カルト集団」などと中傷した( 41 )。一審の東京地裁(とうきょうちさい)は、ネットで個人利用者が発信する情報の信頼性は一般的に低いとして、従来より緩やかな基準を示して無罪とした。だが、東京高裁(こうさい)、最高裁ともこれを認めなかった。
 第三者を傷つける可能性のある安易なネットでの情報発信にくぎをさしたきわめて妥当な判断だ。ネット空間を無秩序な世界にしてはならず、( 42‐a )に基づく社会の( 42‐b )を同じように適用するという考え方を示したといえる。
 ネット上のトラブルは急増している。全国の警察に寄せられた中傷被害は年に約1万件を超える。その中には、匿名性を( 43 )無責任な発信をしたものも多い。
 実際、ネット上には根拠のない記述や誹誘(ひぼう)中傷があふれている。ネット百科事典にもそうした記述が増え、内容を管理するボランティアが不適切な書き込みの削除に追われている。
 一方で、悪質な書き込みについて削除を求められても放置し、裁判で賠償(ばいしょう)命令が出ても応じない管理人もいる。
 思い出すのは昨年、お笑いタレントのプログに、殺人事件に関与したかのような中傷を繰り返したとして、警視庁(けいしちょう)が6人を書類送検した事件だ。
 2002年に施行されたプロバイダー責任制限法で、被害者はネット接続事業者に発信者の情報開示を求めることができるようになった。この事件では、そうして発信者を見つけた。
 事情を聴かれた人たちの多くには、犯罪の意識がなかったという。実名であれ匿名であれ、情報は発信者の責任であることに気づかなかったわけだ。
 首相がツイッターでつぶやき、有権者がじかに反応を返す。そんなことまで、できる時代になった。
 ネットには、職業、地位、年齢などにかかわらず誰もが平等に参加し、自由に議論ができるという特性がある。それをうまく利用すれば、闊達(かったつ)な言論空間として生かすことが可能だ。
 ( 44 )、社会はまだこの可能性をうまく使いこなしているとはいえない。法に触れるようなケースでなくても、気軽に書き込んだ言葉が書き手の想像を超えた範囲に広がり、相手を深く傷つける場合もある。
 自由な発言には責任が伴うことを自覚しないといけないのは、ネット上でも同じことだ。次世代を担う子どもには、あふれる情報を読み解き、正しく発信する能力を身に( 45 )。
 ネット空間を、秩序ある公共の場にする。それは私たちの社会のとても重い課題だ。

(「朝日新聞」2010年3月18日付)

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 宇宙開発は、時代の節目を迎えている。宇宙飛行士の山崎直子(やまざきなおこ)さんが乗ったスペースシャトル・ディスカバリーの飛行がそれを象徴している。
 シャトルの乗組員は7人中3人が女性で、ドッキングした国際宇宙ステーション(ISS)でも1人が長期滞在しており、女性は合わせて4人となった。長期滞在組の6人の中には野口聡一(のぐちそういち)さんもおり、日本人2人の初顔合わせも実現した。
 宇宙活動が新しい時代に入ったことを感じさせる光景だが、( 41 )、間違いなく、一つの時代の終わりをも告げている。
 1981年の初飛行から約30年、老朽化の目立つスペースシヤトルは今年中には引退する予定だ。日本人がスペースシャトルで飛行するのは、今回が最後になるだろう。
 来年からは、ISSに人を運ぶのはロシアのソユーズ宇宙船だけになる。
 宇宙開発をめぐる状況は今、内外ともに大きく変わりつつある。
 日本も、とりわけ巨費を要する有人活動についてどう進めるのか、広い見地から考えるべきときを迎えている。
 米国のオバマ政権は2月、プッシュ前政権の有人月探査計画を( 42‐a )一方、2015年までしか決まっていなかったISSの運用を20年まで( 42-b )考えを明らかにした。シヤトルの後継となる、宇宙への乗り物の開発は民間に託すという。
 先端的な科学技術の先導役としての宇宙開発の重要性は認めるけれど、予算難もあるので効率的に進めよう、という考えのようだ。
 日本も政権交代で、宇宙開発の戦略は練り直しが( 43 )。
 内閣官房(かんぼう)に置かれた宇宙開発戦略本部が自民党(じみんとう)政権時代に宇首基本計画をまとめている。二足歩行ロボット、次いで有人による月探査計画も盛り込まれた。しかし、歩調を合わせていた米国の月探査計画が後狙した( 44 )、宙に浮いてしまった。
 一方、前原誠司(まえはらせいじ)宇宙開発担当相の下で、有識者会議が2月から今後の宇宙開発について議論を始めたところだ。
 宇宙開発は、技術のフロンティアで( 45 )、ISSには米口のほか欧州やカナダなども参加しているように国際協力の場でもある。目先の利益だけで判断はできない。
 だが、予算が限られているのは日本も同じだ。有効に使うのは当然だ。日本の強みをさらに伸ばし、国際的にも存在感を発揮することを考えたい。
 まず、毎年約400億円かかるISSの日本の実験棟「きぼう」の運用の意義を再確認することが欠かせない。
 さらにその先に、自前の有人飛行をめざすのか。むしろ日本が得意なロボット技術の追究に力を注ぐべきなのか。しっかりした戦略を立てたい。

(「朝日新聞」2010年4月8日付)

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 希代の喜劇作家。現代の戯作者(げさくしゃ)博覧強記(はくらんきょうき)の知恵袋。時代の観察者。平和憲法のために行動する文化人。
 井上ひさしさんを言い表す言葉は、幾通りも思い浮かぶ。だが、多面的なその活動を貫いた背景は一つ。自分の日で見て、自分の頭で考え、平易な言葉で世に間う姿勢だ。
 本や芝居は、深いテーマを持っているのにどれも読みやすく、わかりやすい。それは、ことの本質を掘り出して、丁寧に磨き、一番ふさわしい言葉と語り口を選んで、私たちに手渡していたからだ。
 そのために、( 41 )たくさんの資料を集め、よく読み、考えた。途方もない労力をかけて、自分自身で世界や歴史の骨組みや仕組みを見極めようとしていた。
 この流儀は、井上さんの歩んだ道と無縁ではないだろう。
 生まれは1934年。左翼運動に加わっていた父を5歳で亡くし、敗戦を10歳で体験した。戦後の伸びやかな空気の中で少年時代を過ごすが、高校へは養護施設から通った。文筆修業の場は、懸賞金狙いの投稿と浅草のストリップ劇場。まだ新興( 42‐a )だった( 42‐b )台本で仕事を始め、劇作家としては、デビュー当時はまだ傍流とされていた喜劇に賭けた。
 王道をゆくエリートではない。時代の波に揺られる民衆の中から生まれた作家だ。だからこそ、誤った大波がきた時、心ならずもそれに流されたり、その波に乗って間違いを( 43 )しないためには、日と頭を鍛えなければならない、歴史に学ばなければならないと考え、それを説き、実践した。
 特に、あの戦争は何だったのかを、繰り返し、間い続けた。
 復員した青年を主人公に、BC級戦犯の問題を書いた「閣に咲く花」という芝居に、こんなせりふがある。
 「起こったことを忘れてはいけない。忘れたふりは、なおいけない」
 井上さんは2001年から06年にかけて、庶民の戦争責任を考える戯曲を3本、東京の新国立劇場に書き下ろした。名付けて「東京裁判3部作」。
 東京裁判を、井上さんは〈(きず)のある宝石〉と呼び、裁判に提出された機密資料によって隠された歴史を知る( 44 )ことを評価している。
 同劇場は、8日から、この3部作の連続公演を始めたところだ。その翌日、拍手に包まれて幕が下りた直後に、井上さんは旅立った。
 くいつまでも過去を軽んじていると、やがて私たちは未来から軽んじられることになるだろう〉。公演に寄せた作者の言葉が、遺言になった。
 生涯かけて築いたのは、広大な言葉の宇宙。( 45 )きらめく星座は、人々を楽しませてくれる。そして、旅する時の目当てにもなる。

(「朝日新聞」2010年4月13日付)

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