私自身の話をすると、私は基本的にパンのために、つまり衣食住のために働いている。もともと医者志望だったわけではなく、大学受験で希望の学部に入れずに私立の医大に進んだ。医者の仕事の中では小児科(注1)に興味があったのだが、夏休みなどに実習に行ってみて、技術的に自分にはとても無理と断念せざるを得なかった。そして、かろうじて(注2)自分にもできそうな科、ということで精神科を選択することになったのだ。医者という、人の命や人生にかかわる仕事なのに、「生活のために働いているんです。もともとやりたいわけじゃなかったんです」とあっさり認めていいものか、という葛藤(注3)は私にもある。そこで、大型宝くじが発売される夏と年末には、いつも自分に問いかけてみることにしている。
 「もしこの宝くじで1億円が当たったら、私は仕事を辞めるだろうか」自分としては、「いや、私はお金のために働いているわけではない。だから、1億当たろうと10億当たろうと、医療の仕事を辞めることはない」という考えが、自分の中からわき出てこないだろうか、と期待しているのだ。

(香山リカ『しがみつかない生き方』幻冬舎より)

(注1)小児科:子供の病気を専門に扱う医学の分野。
(注2)かろうじて:ぎりぎりで。
(注3)葛藤:ニつ以上の対立する気持ちが同時にあり、どちらを選ぶか迷っている状態。

1。 問5 筆者が精神科の医者になった理由は何か。

2。 問6 筆者はなぜ夏と年末に自分に問いかけるのか