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 ピアノの生徒さんがレッスン(注1)にみえる前に、自分のための練習を、少ししていました。 そのとき、 「ちょっっとよろしいでしょうか」 と、不意(注2)に入ってこられた方がありました。 「いまそこのクリーニング屋さんに参りましたら、ピアノの音が聞こえて、それで、しばちく耳(注3)をかたむけていましたの。 じつは、わたくしの家には古いピアノがありますけれど、誰もひく人がいません。わたくしも、ピアノは大好きですし、自分で弾けたらいいなあ、と思いながら、習うきっかけもなくて、今日まできてしまいました。
 今年74歳になりますけれど、もしかして、今からピアノがひけないものかしらと思いました。 いま、あなたのピアノを聞いているうちに、うかがいたくなってしまいました、突然でごめんなさい」今まで一度もピアノを習ったことがない、ということでしたけれど、しばらく練習にいらしてみたらいかがでしょう、と申し上げましたら、その方は、とてもうれしそうに帰られました。

(『暮しの手帖1第68号による)


(注1)レッスン:生徒が先生から教えてもらうこと
(注2)不意に:突然に
(注3)耳をかたむける:注意して聞く

1。 (55)この客の希望は何か。