(1)
ここ数年はクマがヒトの領分(注 1)に入りこんでトラブルになることが多く なった。
人里(注 2)にクマが出没する原因を餌不足に求める報道が多かったように 思うが、ブナ(注 3)に代表される奥山の種子生産の豊凶(注 4)は昔からあ るできごとで、奥山での食物不足を毎年のクマ出没の主因に当てはめるのには 無理があるように思う。奥山でのクマ同士の力関係で、弱いクマが餌を求めて 人里に出てきているという見方もあったが、人里で捕らえられたクマの栄養状 態を調べると、かならずしも力の弱いクマが人里に降りてきているとは言えな いようだ。奥山に十分な餌があっても人里に降りてきたり、人里の作物の収穫 時期に合わせて山から下りてくる話を聞いていると、奥山よりも効率よく餌を得られる人里へ、力の強いクマが降りている様子が想像できる。奥山の動物た ちの動きに変化が見られるようだ。それはクマだけでなくカモシカやシカを含 めた野生動物全般に広がる変化である。
(中略)
クマをはじめとする野生動物が、人里に「おいしい」食べ物があることを知 るのは、山里においしい食べ物をゴミとして捨てたヒトがいるからである。キ ャンプやバーベキューの後に放置されたゴミや、里山や人里近い山林に捨てら れたゴミは、しばしば野生動物の食物になる。そして彼らは学習する。ヒトの 捨てたゴミは「おいしい」と。学習した野生動物たちは、人里近くでゴミによ って餌付けされ(注 5)、人里内部へ入りこんでくるのである。野生動物が人 里に出没するのは、人間が彼らを誘導している側面がある。
(注 1)領分:領域
(注 2)人里:ここでは、山に近い村
(注 3)ブナ:森の木の一種
(注 4)豊凶:豊作と凶作
(注 5)餌付けする:ここでは、人になれさせる