ひところ
(注1)、①
「それでえ、あたしがあ、言ったらア」と表記されるようなしゃべり方が耳についた。文節の最後を急に上げたあと下げる。記録によると、1970年代に発生し、今はさして
(注2)若くない女性にまでも広がっている。
あちこちで話題になったのに、名前はまだ確定していない。語尾
(注3)を上げ、伸ばすところに着目して「語尾上げ語尾伸ばし」という人もいる。「尻上がりイントネーション
(注4)」と言うこともある。(中略)
なおこのイントネーションについては、全国的実地調査の結果や年齢別の調査結果はお目にかけにくい。自分で使っているのに、気づかない、それと意識しない(できない)人がいるからである。全国102の中学校あてにカセットテープを送って再生してもらい、自分で使うか、耳にするかを記入してもらった結果では、関東に使用者が多くて、関西は少ないという地域差が出た。しかし関西をとびこえて中国地方には普及しているなど、きれいに説明しにくい分布を示す。一方、テレビで関西の女性が使うのを耳にすることもある。東京付近から広がったことは確かだが、②
現在の使用状況の地域差は把握し(注5)にくい。
このイントネーションを使った実例を集めて、使っていない例を混ぜて東京の学生に聞かせて感じを記入してもらったところ、栃木・茨城あたりの年寄りの使う口調とはまったく別の印あま象を与え、使ったときには、「かわいい」「甘えている」など以外に「押しつけがましい
(注6)」などの感じを与えると分かった。さらに、いろいろな話し方を聞かせて実験してみると、このイントネーションを使うと実際より若く聞こえる。
また録画した会話をみると、聞き手がうなずく例が多い。「エー」「ウン」などのあいづちも打つ。また相手が話しに割りこむ
(注7)ことはない(実例は高校生の討論番組で司会者が割りこんだ例だけだった)。自分の話しを続けるために有効な手段といえる。
ただこれは悪い印象を与える原因にもなる。相手の割りこみを許さないのだが、日本では、目上の人は相手の話しに割りこむ権利をもつ。それを妨害する
(注8)わけだから、このイントネーションが、好意的に受け取られず、押しつけがましくひびくのだ。
(井上史雄 『日本語ウォッチング』岩波書店による)
(注1)ひところ:以前のある時期
(注2)さして:それほど
(注3)語尾:言葉の最後のところ
(注4)イントネーション:発音するときの音の高低パターン
(注5)把握する:しっかりと理解する
(注6)押しつけがましい:無理に話を聞かせようとするようす
(注7)割りこむ:まだ続いている会話の中に無理に入って、新しく話し始める
(注8)妨害する:じゃまをする