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 電子書籍とは、紙の本とは違って、音楽や映像など、様々なものを盛り込めるのが魅力であり、それによって小説がどう変わるかということをよく尋ねられる。
 私の作品に関して言えば、①そういったものは何もつけなかった。出来るからといって、本当に読者が求めているのかどうかは考えてみるべきである。私はデザインにかなり興味がある方だが、ホームページの凝ったフラッシュ動画などは、ほぼ100%スキップする(注)。ユーチューブに飽き、iPadに飽きて、さあ、本でも読もうという時に、また動画が再生され、音が鳴り出すと、②読者はうるさがるのではないだろうか。
大体、小説は、それ自体として完結する世界であり、そこに更に写真や効果音が加わると、明らかに過剰である。もし、それをやるなら、最初から他の要素を前提とした文章を書くべきだが、そのためには、映像、音、テキスト(注2)のすべてに通じていなければならない。実用書などでは動画は効果的だろうが、小説に関しては、当面は紙の本のために書かれたものをそのまま電子化するだけだろう。
最近では、早くも中国で違法に電子化された本も登場した。著作権の保護も取り組まなければならない課題の1つである。

(平野啓一郎「すでに始まってしまった未来について-⑤」
[Nextcom vol.5 2011年Spring] KDDI総研による)


(注1)スキップする:飛ばして次に進むこと
(注2)テキスト:書籍の本文の部分

1。 (60)①「そういったもの」とは何か。

2。 (61)なぜ②「読者はうるさがる」のか。

3。 (62)小説の電子化について筆者はどう考えているか。