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 観客のまったくいない演劇は、演劇とは言えない。第三者に見られているという意識のもとで、自分がいかにも内側からわき上がる感情に充たされているように話す。これは難しい技術だ。自然さが失われやすい。
 それだけに、演劇の練習で鍛えられた人は、人目(注1)にさらされた場での度胸が据わっている(注2)。他者の(それも多くの)・目を受け止める芯の強さが、身体の中に軸として生まれる。(注3〉世阿弥(注3)の言う「離見の見」は、観客側から見える自分の姿を役者が意識するということだ。

(斉藤孝『コミュニケーション 力』岩波書店による)


(注1)人目にさらされる:多くの人に見られる
(注2)度胸が据わっている:落ち着いていて、物事を恐れない様子
(注3)世阿弥: 1300年代後半の舞台で活躍した歴史上の人物

1。 (59)筆者は、役者が演劇の練習を通して身につける力は何だと述べているか。