地方自治体が管理・運営する公立病院は日本におよそ1000存在する。そのうち半数以上が赤字を抱えており、その総額は1兆3000億円以上(2000年時点)にもなるという。赤字に苦しむ全国の公立病院関係者から注目を集める人物がいる。坂出市立病院長の塩谷泰一さんだ。
1947年に開設して以来、半世紀以上の歴史を持つ坂出市立病院は、人口6万人の坂出市民の健康を守り続けてきた総合病院だ。しかし、各地の公立病院と同様に赤字に苦しみ、塩谷さんが院長に就任した1991年当時の累積赤字は25億円。経営状態は全国で最悪の病院だった。
当時44歳だった塩谷さんは、経営状態を知らされないまま院長の座についた。院長になった初日に、事実を知ったという塩谷さん。さらに1週間後には政府から廃止の勧告
(注)が来た。
院長に就任したとたんに襲ってきた、病院存亡の危機。塩谷さんは必死に改革に取り組んだ。まず全職員との対話から始め、そして2年目に病院の「基本理念」を掲げた。「市民の健康な生活を支える中心的な役割を果たすべし」「医療の使命に情熱を燃やす職員の集団であるべし」。赤字状態を“日常”として受け入れていた職員たちに向けて、塩谷さんは「変わろうじゃないか」というメッセージを.送ったのだ。
しかし、それまでのやり方に慣れていた
医師たちは猛反対。当時を知る副院長は「それまで自分たちがやってきたことが全面的に否定された。私も含めて反発を持っていなかったといえば噓になる」と率直に語った。事実、多くの医師が病院を去って行った。しかし、塩谷さんの改革は患者たちの支持を得た。「前に比べて先生も良くなったし看護師さんも良くなった」とある女性患者は言う。意識改革に続いて、収入面の改善にも着手した。差額ベッドを増やしたり給食を温かい状態で出せるようにするなど、患者からの要望が高いサービスを充実させて、診療報酬の点数をアップした。収入は増え、赤字はきれいに解消した。
「経営の安定なくして良質な医療なし」という信念を持つ塩谷さん。患者、そして地域住民のために存在する公立病院の原点がここにある。
(『ガイアの夜明け闘う100人』日本経済新聞出版社による)
(注)勧告:勧めること。おすすめ