(2)
私が中学二年生のときのことである。父の仕事の都合で、生まれ育った大阪から、福井へ引っ越した。当然、福井の中学校のクラスメートは、みんな福井弁
(注1)を話す。授業中、私が教科書を読まされたりすると、教室のあちこちから、くすくす笑い声が聞こえてくる。
①
いちばんショックだったのは、英語の時間。英語は私の得意科目だったし、特に読むほうは自信があった。私は、大阪の中学校では、学校代表で英語のスピーチコンテストに出場したくらい、英語が好きだった。
それなのに、名前を呼ばれて、私がテキストを読み始めると、いっせいに、くすくす。読み終えるころには、もっと大きな声で、げらげら。
先生まで困った顔をして、
「②
なんか、大阪っぽいなあ。」と言ったのだ。
私が、大阪のおばさんを思い出したのはそのときだった。私が、ショックから立ち直ったのは、おばさんのおかげである。子どものころ、おばさんはよく、私の話を聞いて、「この子は、ほんとうにきれいな大阪弁
(注2)をしゃべるなあ。なにもまざってない、ほんものの大阪弁や。」
と言ってくれた。私は、心の中で③
自信を取り戻した。
(俵 万 智 『かすみ草のおねえさん』文藝春秋による)
(注1)福井弁:福井地方の言葉
(注2)大阪弁:大阪地方の言葉