(5)
 相手が何者かよくわからない社会では、無視黙殺するほど危険なことはない。見知らぬ他人というのは、潜在的な敵(注1)である。そう思えば、相手を敵にまわさないためには親しくなるしかない。だから初対面の相手とはせわしなく(注2)言葉を交わし、「わたしはあなたに敵意はないよ」「だからあなたもわたしに敵意のないことを示してくれない?」とメッセージを送る。あかの他人というものから成り立っている社会では、そういうコミュニケーションの作法が発達するのだろう。

(上野千鶴子「国境 お構いなし』 朝日文庫による)


(注1) 潜在的な敵 : 敵になる可能性のある人
(注2) せわしなく : 落ち着かない様子で

1。 (59)なぜ、初対面の相手とはせわしなく言葉を交わすのか。