(3)
第二次大戦中、アメリカで、数百人の兵士が参加した大がかりの断眠
(注1)の実験が行なわれた。
断眠2,3日目から、いらいらしたり、記憶がわるくなったり、ひどい錯覚や幻覚がおこったりして、4日目ころには、①
ほとんどの者が落伍して(注2)しまったという。レコードホルダー
(注3)は、断眠8日と8時間で、まさに超人的である。
実験がおわってから精密検査をしたところ、精神状態はヘんになっていても、身体にはどこも異常はなかったという。しかし、精神状態の異常は、ひと晩ぐっすり眠るとすっかり回復したが、2人だけは、数年間精神の異常に苦しんだということである。
断眠は肉体にはほとんど影響をおよぼさないが、脳にはかなりの障害をおこすことが、この実験ではっきり証明されている。(中略)
眠りは、呼吸や食欲や性欲と同じように、どうしてもかなえなければならない本能的な欲求である。
頭が疲れたから眠るのだ、脳の疲労を回復するために眠るのだ、ということをよくきく。しかしこの表現は、およそ限りの本質をついていない。眠りとは、脳細胞がいつも活発に働きうる態勢にととのえるための準備工作である。腹がへったからたべるのではなく、肉体を健康に保ち、身体活動するために私たちはたべるのである。②
これと同じように、脳を健康に保ち、明敏な
(注4)精神活動をするために私たちは眠るのである。
(時実利彦「脳の話」岩波新書による)
(注1)断眠:睡眠を断つこと、寝ないこと
(注2)落伍する:脱落する
(注3)レコードホルダー:最高記録をもつ人
(注4)明敏な:活発な