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 われわれは、よく、「①体が覚えている」とか「手が覚えている」という言い方をすることがある。意識的にものを考えるときには、「頭を使う」という言い方をするように、頭、脳を使って考えるが、人の心の働きには、脳の活動だけで説明しきることのできないものがたくさんある。
 たとえば、記憶喪失になって、自分の名前や過去を忘れた人でも、車の運転は覚ていることがある。
 文字は手で覚えるというのも、よくいわれることだ。子供のころ、文字を覚えるのに、同じ字を何回も書かきれたという覚えは、誰しもあることだろう。
 そうして覚えた字は、忘れていても、書いてみると思い出せることがある。思い出してから書くのではなく、書くことによって思い出すということが起こるのだ。
 たとえば、人が書いた漢字を見て、まちがっているような気がするのに、どこがどういうふうにまちがっていると、はっきり指摘(注1)できないことがあったとする。そんなとき、②たいていの人は、その文字を紙に書いてみようとするのではなかろうか。
 手がちゃんと覚えていたら、頭で考えなくても正しい字が書け、人の書いた字と比べて、「あっ、ここが違う」と指措できたりする。逆に、妙に(注2)意識してしまうと、いつもは自然に書ける字が、かえって書けなくなり、思い出せなくなるときがある。

(区英一[操意識という不思議な世界」河出人房新社による)


(注1)指摘:取り出して示すこと
(注2)妙に:変に

1。 (63)筆者が言う①体が覚えている例として、あっているものはどれか。

2。 (64)なぜ②たいていの人は、その文字を紙に書いてみようとするのか。

3。 (65)筆者がこの文章で一番言いたいことはどんなことか。