以下は、作家が書いた文章である。
横暴な小説係
マルチタスク
(注1)という言葉が世の中に行き渡るようになって久しいけれども、自分自身の実態には程違い身の処し方である。いや、テレビをつけながら、傍らに読みかけの文庫本を置き、上うわの空そら
(注2)でスマートフォンを眺めつつ、 晩ごはんは何にしようか、と考えているようなことはたくさんある。そういうことをやたらしてしまうために、わたしは、自分が同時にいろんなことをやるとすべての物事の達成率が著しく下がってしまっていることを熟知している。
なので以前、自分しか見ないメモ帳には、分別のある自分が「スマホを見るときはテレビを(41)と書いていた。守ったり、守らなかったりだ。
一日のうちに、いろいろな自分が出没しては退場していく。家事をしている自分、風呂で休んでいる自分、テレビを見たり本を読んだりと娯楽に接している自分、そして仕事をしている自分なとそれぞれに淡々とがんばっているが、中にはひどい(42)もいる。
わたしがいちばん持て余しているのは「小説を書く係の自分」である。それを職業にしているのに身も蓋もない情けない話なのだが、本当にこいつは扱いにくい。ゲラ(校正紙)を見る係は心配性なので一日のノルマを越えて仕事をしたりもするし、書評係などは、真面目すぎて気の毒なぐらい考え込む時がある。随筆係は、ぐずぐずしたところはあるが、そんなに 時間帯や備品のコンディションは問わない。
(43)、小説係は「まずお茶とお菓子だ」などと要求し、真夜中でないと仕事はしないとわがままである。しかもすぐに気が散って、動物の画像を検索したがる。そして落ち込みやすい。「文筆課の他の係を見習えよ」とわたしは思う。しかし、 この係を中心に結成された文筆課なので、今更組織図から(44)。
ダメな社内ベンチャーのようなものである。今日もわたしは、小説係のためにお茶を作り、お菓子を調達し、「とにかく書かないと出来不出来はわからないよ」と(45)。
(注1)マルチタスク : 複数の作業を同時に処理すること
(注2)上うわの空そら:集中できていない状態