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人間だとすれば、スピードが最優先されるネット(注1)では、熟考する、内省する、深く考えるという、言葉による人間的な営為(注2)がないがしろにされはじめているのではないか。もしもこれからの社会が、ネット上を流れる言葉を主軸に営まれるようになると、人にとっての言葉とは、鮮度が重視の生鮮食品のようなものになってしまうかもしれません。そこに思考の積み重ねや成熟、歴史といったものは不必要です。
(注1) ネット:ここでは、インターネット
(注2) 営為:行い

1。 (46)筆者が心配していることは何か。