装飾という架け橋


 「自然には直線がありません」 子どもの頃テレビから聞こえた言葉に、幼いながらはっ としたことを覚えている。その情報が正しいのかを確かめるために、それ以来自然をよく観察 するようになった。地を這う蟻や、道ばたの植物、切り立った崖の岩に、たしかに完全な直線 と呼べるものは(41)。そして自分の身体にも直線が存在しないことに気づいた。爪の一枚 から歯の一本、耳の内部にいたるまで、全ての輪郭はゆるやかな弧を描いている。
 (42)、身の回りには直線が溢れてもいた。机や鉛筆、黒板、箸やマグカップ、お菓子の箱 に直線は存在していた。自然の造形と人工の造形に明確な差異があることを理解したのは(43)。大人になるにつれて、そんな人工物の表面を覆う「装飾」に関心を持つようになった。植物や動物、空や星をかたどった色とりどりの模様に目を奪われたのだ。装飾の歴史は古く、紀元前に作られた土器の模様は、装飾が人類にとっていかに根源的な行為であるかを示している。
 (44) 最古の装飾は魔除け(注1)のために用いられたのだという。そうと知って最初の うちは、人の手跡(注2)を残すことが魔除けのために重要なのだと考えていた。しかし、た とえば縄文土器がその模様から火焔土器と呼ばれるように、他の渦や縞の模様も、雲の流れや水の波紋など自然の織り成すかたちに着想を得たものである。つまり人間は、土器という人工 の造形に自然のかたちを刻むことで魔除けとしたのだ。自分たちの手作った自然とは異質な造形を自然に溶け込ませることが、邪悪なものを遠ざける道であったのである。
 歴史上、装飾は余分なものとして排除されたこともあった。しかし実のところ、装飾は私た ちの造形と自然の造形とをつなぐ架け橋という至要な(注3)役割を(45)。
(注1) 魔除け:悪い物を近づけないようにすること
(注2) 人の手跡:人の手を加えた跡
(注3) 至要な:とても重要な

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