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じつは、私たち自身も見えていないことに気づかないことがある。「見えないことに気づかない」というのは、ごくふつうのことなのだ。 たとえば、この本を読んでいるときの眼球運動。改行して次の行の文章を読むとき、私たちの頭の中では、①
あたかも文章がつながっているかのように感じている。しかし、行の最後と次の行のはじめとは距離がある。この距離はどこに飛んでいってしまったのだろう。
読書中の眼球運動を実際に計測してみると、ふつうに文字を読んでいるときは読みの速さに合わせたゆるやかな眼球運動が、そして改行のところで、非常に急速なサッケ一ドと呼ばれる眼球運動がおこっているのが観察される。
重要なことに、サッケ一ド中、眼に入った映像は見ることができない。もし見えたとしたら、あまりにも速い眼球の動きに、本を読む前に気もち悪くなってしまうことだろう。サッケ一ド中の映像だけ切り捨てられ、サッケード前後の映像がつな
ぎ合わされて見えているのだ。
つまり、眼に入った映像すべてが見えているわけではないのである。
(山ロ真美『視覚世界の謎に迫る脳と視覚の実験心理学』講談社による)