例えば、3 年間ずっとノーミスでやってきた論田くんが、はじめてミスを出した。
 3 年前からずっとその仕事ぶりを観てきた上司と、異動していきなり論田くんのミスに出くわした上司と、論田くんへの印象は同じだろうか?
 両者のミスの「情報占有率」がちがう。つまり、3 年間のつきあいの中で、ミスが占める割合と、たった1回初めて論田くんと接した中で、ミスが占める割合と。相手は、あなたが過去からずっと積み上げてきたすべての情報で、あなたを判断するのではない。結局は、そのとき相手が持っている情報だけで判断される。その中で、いい情報の占める割合が多ければ「いい人だ」となる。
 あなたが「優しい人」で 1 0 年間怒ったことがなかったとしても、1 0 年ぶりに怒ったとき、たまたまでくわした初対面の相手にとっては、それが100%だ。あなたを「恐い人」だと思う。
 自分にふさわしい「メディア力」を相手の中に刻むために、ちょっと「情報占有率」を意識してみるといい。
 コミュニケーションでは、出会いからはじまって、相手から見たあなたの「メディア力」が決まるまでの間が肝心だ。つまり、初めの方が慎重さがいる。ここで、かっこつけるのでもなく、でも、あなた以下にもならず、等身大の(注1)あなたの良さが伝わるのが理想だ。
 いつも質の高い仕事をしているなら、はじめての仕事先に対して、決していつもの質を落としてはいけない。ふだん静かな人なら、初対面の相手にも、奇をてらったり(注2)せず、普段どおり静かにしていればいい。自分にうそのないふるまいをする、ということは、初対面の相手にこそ大切だ。
 さて、ここで問題なのは、ふだんとても穏やかなあなたが、その日はたまたま嫌なことが重なり、攻撃的になっていると言う場合だ。自分にうそのないということで、相手にきついことを言ってしまったらどうだろう。あなたにとっては、年に1回の、「たまたま不機嫌な日」でも、相手にとっては、あなたに関する情報の 100%になる。初対面の相手、まだ付き合いの浅い相手には、すこし慎重になって考えてほしい。
 何だ、自分にうそのないふるまいか?自分の正直な姿を伝えるとはどういうことか?
 日ごろ 9 9 %穏やかなあなたなら、1%の異常よりも、いつもの穏やかさを伝えるほうが、結局は、正直な姿を伝えている。相手の中に、あなたの実像に近い「メディア力」が形成されるからだ。初対面の相手にこそ、平常心であること、普段どおりにやることが大切だ。

(山田ズーニー『あなたの話はなぜ「通じない」のか』による)


(注 1)等身大の:誇張のない
(注 2)奇をてらう:変わったことをして、他人の気をひこうとする

1。 (66)筆者によれば、上司にとって論田くんのミスの「情報占有率」が上がるのはどのような場合か。

2。 (67)自分にうそのないふるまいとはどのようなものか。

3。 (68)筆者は、なぜ初対面の相手に慎重になったほうがいいと述べているのか。

4。 (69)自分の「メディア力」について、筆者はどのようにするのがよいと述べているか。