「トム^ソーヤ一の冒険」(注1)は19世紀半ばの米ミズ一リ州が舞台だ。いたずら小僧のトムと、相棒の浮浪児ハック。少年たちの粗野で気ままな日々は、西部への出口だった州の空気と無縁ではない。作者マーク・卜ウェイン(注2)の故郷である。
お仕置き(注3)の塀塗りをまんまと(注4)人(50)押しつけ、トムがつぶやく。「結局この世は、それほど(51)。」読者へのエール(注5)に違いない。その作家の、つまらないはずのない自伝が初めて本になる。
死後100年、すなわち今春まで(52-a)に出すなとの意識に従い、出版元は5千ベ一ジの手書き(52-b)を保管してきた。1世紀の時差を託したのは、宗教や政治、知人の(52-c)を正直に書いたためともいわれる。
本をめぐる「長い約束」をもう一つ。221年前、ニューヨークの図書館で貸し出された法律書が戻ってきたそうだ。借り主は初代米大統領ジョージ・ワシントン。未返却が分かり、旧ワシントン邸の管理団体が同じ版の古書を約100万円で調達したという。
作家と大統領は、代理人を介して「約束」を守り、21世紀に新たな話題をまいた。
移ろう時は真相をうやむや(注6)にもするが、その逆で、歳月と書物への畏れがのぞく痛快な話である。(53)本の力を思う。
図書館で背表紙をたどれば、知らないこと、していないことの多さが身にしみる。未知と未体験の海に見え隠れする若い日の夢や憧れ、果たすあてなき約束の数々。〈20年後、あなたは、やったことよりやらなかったことに(54)〉。トウェインの言はまぶしく、ほろ苦い。
(「朝日新聞」く天声人語〉2010年6月6日付)
(注1) 「トム^ソーヤ一の冒険」…マーク・卜ウェインの長編小説。1876年刊。
(注2) マ一ク・トウェイン…アメリカの小説家(1953-1910)。
(注3) お仕置き…子どもた罰を加えてしかること。
(注4) まんまと…うまく。
(注5) エール…声援。応援。
(注ら)うやむや…はっきりしないさま。