(2)
①
ある哲学者が、こんな打ち明け話を
(注1)した。
学⽣のころ、陸上競技の選⼿をしていたこの⼈は、運動と勉強の両⽅をするのは、忙しい。充分な勉強もできない。こう考えて、思い切って、陸上競技の練習をやめてしまった。それで勉強の成績は上がるだろうと考えたが、実際には、逆に成績が下がってしまった。おかしいと反省して、やはり、忙しくなったことで、勉強の能率が悪くなり、⼿早くしていた勉強が時間の増えた分、のろくなったということがわかった。運動と勉強の両⽅をしていたときの集中がゆるんでしまったのは失敗だったと、この哲学者は若き⽇を回顧した
(注2)。なまじ時間があると
(注3)、仕事の能率が悪くなる。忙しい⽅がよく仕事ができる、というのは、ヒマな⼈には想定外のことである。
仕事が多くなれば、仕事が早くなり、案外時間があまる。時間があると思うと、仕事ののろくなり、のんびりするから、時間内に仕上げることもできなくなったりする。(中略)
予定表をそばに置いて、予定と競争して勉強すると、どんどんすすみ、とても無理だと思ったことが予定の時間内にできてしまい時間があまることもある。②
忙しくしたから、ヒマが⽣まれたのである。ヒマな⼈がたくんの仕事を予定して時間内にこなす
(注4)ようにすれば、つまらぬことに時間を空費する(注5)ことはなくな
ると気づいたという。
(外出滋⽐古『傷のあるリンゴ』東京書籍による)
(注1)打ち明け話をする︓⾔わないでかくしていたことを話す
(注2)回顧する︓昔のことを思い出す
(注3)なまじ時間があると︓⼗分ではなくても時間に余裕があると
(注4)こなす︓やるべきことを処理する
(注5)空費する︓むだに使う