夏休みに私はある町を旅⾏した。そこは私が学⽣時代に⼤好きだった作家が⽣まれ、活躍した町である。いつかはそこをこの⽬で⾒てみたいと思っていたのが、やっと実験したのだった。
もう彼が亡くなって何⼗年も経っているため、様⼦はすっかり変わってしまったはずである。それでも彼の⼩説の舞台となった、緑の美しい町を歩くのは楽しかった。だが、私が社会⼈になってからは彼の書いたものをほとんど読まなくなったせいか、それ以上の感激はなく、正直に⾔うと少し物⾜りない気持ちだった。
ところが、ある記念館に⼊ったときのことである、そこでは、彼の書いた原稿(注1)や⼿紙の展⽰(注2)をしていた。それを⾒ているうちに、次第に昔読んだ⼩説や詩の内容が思い出されてきた、特に、彼の妹が亡くなったときに書かれた。詩の原稿を読んだときには彼の悲しみが痛いほど近くに感じられたのである。⼿書の⽂字というのは、時間がどんなに流れていても、その⼈がどんな⼈だったのか、その⼈が何を感じていたかを強く表していることに気がついた。
字の下⼿な私は、できるだけパソコンを使っていた。だが、それ以来、時には下⼿でも⼼をこめて字を書くことで、何かが伝わるのではないかと思い始めている。
(注1)現⾏:体を出したり、発表をしたりするために⽂章を書いた紙
(注2)展⽰:ものを並べて⾒せること