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相撲やチャンバラ遊びや鬼ごっこといったものは、室町時代(注1)や江戸時代(注2)から連綿(注3)として続いてきた遊びである。明治維新(注4)や敗戦、昭和の高度経済成長といった生活様式の激変にもかかわらず、子どもの世界では、数百年以上続いてきた伝統的な遊びが日常の遊びとして維持されてきたのである。
しかし、それが1980年代のテレビゲームの普及により、①
絶滅状態にまで追い込まれている。これは単なる流行の問題ではない。意識的に臨まなければ取り返すことの難しい身体文化の喪失である。かつての遊びは身体の中心感覚を鍛え、他者とのコミュニケーション力を鍛える機能を果たしていた。これらはひっくるめて➁
自己形成のプロセスである。
コミュニケーションの基本は、身体と身体の触れ合いである。そこから他社に対する信頼感や距離感といったものを学んでいく。たとえば、相撲を何度も何度も取れば、他人の体と自分の体の触れ合う感覚が蓄積されていく。他社と肌を触れ合わすことが苦にならなくなるということは、他社への基本的信頼が増したということである。③
これが大人になってからの通常のコミュニケーション力の基礎、土台となる。自己と他者に対する信頼感を、かつての遊びは育てる機能を担っていたのである。
この身体を使った遊びの衰退に関しては、伝統工芸の保存といったものとは区別して考えられる必要がある。身体全体を使ったかつての遊びは、日常の大半を占めていた活動であり、なおかつ自己形成に大きく関わっていた問題だからである。歌舞伎や伝統工芸といったものは、もちろん保存継承がされるべきものである。しかし現在、より重要なのは、自己形成に関わっていた日常的な身体文化そのものの価値である。
数百年以上にわたって継承されてきた日常における身体文化か、数十年のうちに急激に喪失されたことの意味は深刻である。21世紀を迎えた現在において、身体文化に対して明確な意識を持って臨む必要がある。そのことが、現在問題になっている様々な社会問題に対する対処法の根幹をなすと考える。
(斉藤孝『「甘え」と日本人』角川書店)
(注1)室町時代:1336~1573 貴族政治の時代
(注2)江戸時代:1603~1867 武家政治・徳川幕府の時代
(注3)連綿:長く続くこと
(注4)明治維新:武家政治(江戸幕府)から、天皇制に変わった時期。1866~1868年ごろ