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私たち夫婦は明日、引っ越しの日を迎える。
今度住む息子の家は広くないので、物はできるだけ減らすつもりで片付け始めたが、これが意外に①難しかった。自分たちの着なくなった服や古い靴などはすぐに捨てられるの だが、押し入れの奥の段ボール箱から次々に出てくる物はそうではない。「これは何だろう。」「それはあの時の。」などと思い出を語っているうちに、時間がたってしまう。そ して、捨てられなくなる。
例えば、小さな黄色い靴。これは息子が初めて履いた靴だ。息子の小さかったころを思 い出して本当に懐かしくなる。ついこの間まで子供だった息子が新しい家を建てて、一緒 に住もうと言ってくれた。優しい子に育ってくれたとうれしくなったり、時間が過ぎるの があまりに早くて少し悲しくなったり...。
家族のアルバムや古い手紙などが出てきても、②同じことになる。片付けは引っ越しの 一週間前になっても終わらず物もほとんど減らせなかった。
でも、これではだめだということになり、私たちは③考えをまったく変えることにした。 今度の家は広くないし、私たちにとっては大事な物でも息子たちにとってはそうではない だろう。それで、思い出の物は、アルバム以外は全部捨てることにした。私たちの思い出 は段ボール箱ではなく、心の中にしまっておけばいいのだ。
しかし、この三週間はとても楽しかった。歩いてきた人生をもう一度思い出すことがで きたからである。そして、持ち物の整理もすることができた。頼んでおいた引っ越しのトラックは、少し大きすぎたかもしれないが、それはそれでいい。