以下は、小説『望月青果店』(小手鞠るい著)についての書評である。
 思春期の頃ころ、母親の存在を疎うとましく(注1)思った。初めて恋をした頃ころだった。恋するという感情が 嬉うれしいような恐ろしいような気がしていて、何かのせいにしたかったのだと思う。自分の中には母親と同じ血が流れていて、だから恋なんかするんだ、全てお母さんのせいなのだと変な理屈で恋心を納得させようとしていた。
 本書の主人公・鈴子(41) 母親は天敵のような存在で、母からいつも逃げたいと思っていた。そして 結婚に猛反対した母を捨てるような気持ちで誠一郎と一緒になったのだ。
 50代になった鈴子は、盲目の夫・誠一郎と目人の茶々(つやつやっとアメリカでペンションを経営しながら穏や かな日々を過ごしている。(42) 、小さな青果店を営む岡おか山やまの実家から母親の体調が悪いことを知らされ、5年ぶりの里帰り(注2)を計画するのだが、大雪による停電が続き里帰りは危ぶまれる。
 停電の中で様々な過 去の記憶が甦る。母との確執、初恋の人・隆史と交わした約束...。過去の記憶を過ぎたことと忘れてしまえればどんなに楽かと(43)。
 記憶は塗り変えることが出来ないから厄介で、いつまでも胸を締め 付ける。思春期の頃(ころ)に母親に投げかけた酷ひどい言葉がふとした時に生々しく心の中に甦って居たたまれないような気持ちになる(注3)ことがある。(44)、記憶は塗り変えられないけれど、新しい記憶を 育むことは出来る。
 停電の中で鈴子は、結婚前に再会した隆史が時間を超えて果たしてくれた 約束を思い出す。それは、母から誠一郎へと旅立つ鈴すず子この背中を強引に押してくれた。誰にも言えない秘密の思い出だった。
 記憶は人の心を締め付けることも温めることも出来る。誠一郎との暮らしの中で育まれてゆく静かで豊かな幸福な時間は、鈴すず子この母への思いを少しずつ和らげてくれる。物語 の最後で交わされる母娘の電話の会話はとっても可愛くて微笑ましかった。本を閉じた後、(45)車を実家に走らせた。
(注1) (うと)ましい:いやな感じがして避けたい
(注2)里帰り:実家に帰ること
(注3)居たたまれないような気持ちになる : ここでは、落ち着いた気持ちでいられなくなる

1。 (41)

2。 (42)

3。 (43)

4。 (44)

5。 (45)