近くの商店街を歩いていたら、新しい店ができていた。お好み焼き屋のようだ。さりげなく覗くと、客はまばらで、しらじらとした灯りがテーブルに反射している。一緒にいた友人と「大丈夫なのかな、こういう店」などと言いながら通り過ぎようとしたら、突然ドアが開いてエプロンをした若者が飛び出してきた。「よろしくお願いしますッ!」と店のカードを差し出す。勢いにのまれて受け取ると、ぺこりと一礼して戻っていった。店を覗いていた私たちに気がついて、反射的に店から(41)。
 「やるねえ、あの子」と友人。彼女は企業の管理職である。理屈ばかりで身体が動かない若者が多いとぼやき(注1)「ああいうのが一人、部下に(42)」と言った。「ほんとほんと」と私。
  (43)だって若いころは、考えることと身体が動くことの間に時差がなかった。駆け出しの編集者時代、ロケやスタジオ撮影の現場では、指示されるより先に走りだしたものだ――。友人に向かって自画自賛しながら、頭の隅で思っていた。本当は今だって、そうじゃなきゃマズイんじゃないか、と。
  フリーランサー(注2)の私は、一生、管理職になることはない。アルバイトか店主かは知らないが、あの若者と同じ立場なのだ。(44)いつの間にか、ひどく腰が重くなっている(注3)
  よし、明日からは臨戦態勢(注4)でいくぞ。見習うべきは(45)。思わずそう力んで苦笑した。しかし気分は悪くない。若者よ、ありがとう。

(日本エッセイスト・クラブ編『散歩とカツ丼ー10年版ベスト・エッセイ集」による)


(注1) ぼやく:不満に思っていることを独り言のように言う
(注2) フリーランサー:組織に所属せず個人で仕事をしている人
(注3) 腰が重くなっている:行動を起こすのが遅くなっている
(注4) 臨戦態勢:ここでは、いつでも動けるように準備ができている状態

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