類人猿
(注1)の四足歩行と人間の二足歩行を比べると、時速四kmくらいの速度で歩くと、二足歩行のほうがエネルギー効率がいい。しかも長く歩けば歩くほどエネルギーの節約率が高くなる。すなわち、初期の人類は長い距離をゆっくりした速度で歩く必要性に迫られて、直立二足歩行を採用したと考えられるのだ。これは初期の人類が徐々に熱帯雤林を出ようとしていたこととぴったり符合する
(注2)。熱帯雤林の外では果実が散在していて、広い範囲を探し回る必要がある。これを可能にする歩行様式として、二足で歩くことが有利になった可能性がある。
しかし、長距離を歩くことになると群れの全員がまとまって移動するのは困難になる。子供や身重
(注3)の女性、老人など速い速度で長距離を歩くことが難しい仲間がいる。そのため、体力のある男たちが尐数のグループを組み、広く歩き回って食物を集め、それを女や子供たちのもとへ持ち帰って一緒に食べたのではないかと思われるのだ。これが食物共有仮説である。だが、サバンナへ出たサルたちは二足にならなかった。なぜ人間だけがなかったのか。それは、サバンナ
(注4)へ出たパタスザルやアヌビスヒヒ、マントヒヒたちはオスがメスより格段に大きくなり、長い犬歯を発達させて群れの防御をするようになったからである。しかも胃腸の強い彼らは人類ほど広い範囲を歩き回って食物を探す必要はなかった。一方、人類の祖先は男が大きくなるところか、性差が小さく、犬歯
(注5)も縮小して武器としては使えなくなっている。これは人類の男たちが捕食動物と戦うよりも、その目を避けながら食物を探し歩いていたことを物語っている。
((朝倉敏夫編『火と食』による)
(注1)類人猿:生物学上、最も人に近いサル類。
(注2)符合する:合う。
(注3)身重:妊娠中。
(注4)サバンナ:熱帯地方に見られる草原。
(注5)も犬歯:ここでは、特に鋭い歯。