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以下は諦めについて書かれた文章である。
 人が自分の能力以上のことに憧れそれがどうしても出来ないというのになお執着を持っているとしたら登れない壁の下で徒らにじたばたしているようなもので気の毒でもありますが滑稽でもあります。この場合は諦めが必要です。ただそれはその次の自分の能力に合った憧れなり道なりを求めるためにのみ必要であって諦めの中に憩ってしまうことは少し見当が外れていることになるかもしれません。

(串田孫一『考える葦』による)

1。 (48)筆者の考えに合うのはどれか。