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 人間というのは、自分でわかっていることに関しては手早くポイントだけを取り出して 相手に教えて、たくさんの説明をつい省略してしまいがちだ。そのせいで、教わる側が理 解しにくくなってしまうこともある。人に教える時には、自分が理解した時点まで戻ってていねいに相手に伝えないと,うまく理解してもらえないのではないか。
 また、そのプロセスのなかで、教わる側が積極的に質問することがとても重要だと思う。質間をすれば、何を理解していないのか、何を題解しているのかが、教える側にとてもよくわかるからだ。それに,同じことでも繰り返し説明されることによって,理解が深 まるケース(注1)も多い。
個人的には、一回だけの説明で理解してもらえるケースというのは、実はとても少ない のではないかと思っている。
 また、すべてを教えるのではなく大部分を伝え、最後の部分は自分で考えて理解させる ようにするのが、理想的な教え方ではないかと考えている。
一方的に入ってきた知識は、一方的に出て行きやすい。しかし、自分で体得(注2)し たものは出て行きにくい。  小学生に大学の講義を聞かせてもチンプンカンプンな(注3)ように、相手のレベルに 合わせて、相手が必要としていることを教えなければ意味はない。それは、非常に微妙な 調整を必要とする、ある種の職人技だ。そんなところが、教える側の大きなやり甲斐では ないかと考えている。

(羽生善治『大局観一自分と闘って負けない心』による)


(注1)ケース:場合
(注2)体得する:身につける
(注3) チンプンカンプンな:全くわからない

1。 (60)教える側がよくしてしまうことは何か

2。 (61)理想的な教え方とはどのようにすることか

3。 (62)ある種の職人技とあるが、どのようなことか