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 いい文章はそれを読む者に充実した時間をつくり出す。知識が人を喜ばせる必要はない。技巧(注1)が人を楽しませる必要はない。人を利口にし、快く酔わせるよりも、それを読んで本当によかったと思わせる文章を書こう。
 文章にとって何よりも大事なのは、すぐれた内容としてそのまま相手に伝わることである。したがって、いい文章には「いい内容」と「いい表現」という二つの側面がある。
 どれほど凝った多彩な表現が繰り広げられ(注2)ても、その奥にある内容がつまらなければ、文章全体として価値が低い。それでは、いい内容はどのようにして生まれるのだろうか。すぐれた内容を生み出す特定の手段のようなものは考えられない。小手先(注3)の技術といったものは役に立たない。自己を取り巻いて(注4)果てしなく広がる(注5)世界のどこをどう切り取るか、それをどこまでよく見、よく考え、よく味わうか、そういうほとんどその人間の生き方とも言えるものがそこにかかわっているからである。豊かな内容は深く生きることをとおして自然に湧き出る(注6)のだろう。
 一方、どれほどすぐれた思考内容が頭のなかにあったとしても、それが直接人の心を打つことはできない。というよりも、言語の形をとることによって、それがすぐれた思考であることがはじめて確認できるのである。その意味で、文章表現は半ば発見であり、半ば創造である。いい内容がいい表現の形で実現し、いい文章になる。逆に言えば、すぐれたことばの姿をとおしてしか、すぐれた内容というものの存在を知ることはできないのである。

(中村明『日本語の美―書くヒント』による)


(注1)技巧:すぐれた表現技術
(注2)繰り広げる:ここでは、次々に使う
(注3)小手先の:ここでは、その時だけのちょっとした
(注4)自分を取り巻く:ここでは、自分の周りにある
(注5)果てしなく広がる:ここでは、どこまでも広がる
(注6)湧き出る:生まれ出る

1。 (66)筆者は、読者のためにどのような文章を書けばよいと考えているか。

2。 (67)筆者によると、いい内容はどうすることで生まれるか。

3。 (68)内容と表現の関係について、筆者はどのように述べているか。