(3)
「自分を出せない」と言う人が多い。本当はこんなことを思っているのに、それを 口に出せない、表現できないのが不満なのである。
①こういう人が強く惹かれるのが、「ありのままの自分」という言葉である。心のことや人間関係に関する本などを読んでみても、「ありのまま」でふるまう(注1)こと、生きることがどれほどすばらしいかと書かれているので、ますますそれに憧 れてしまうようである。
けれども、人は、他の人との関係を生きる限り(注2)、つまりこの社会の中で生 きる限り、「ありのままの自分」でいることを制限されるのはやむを得ないことな のである。
(中略)
好むと好まざるにかかわらず(注3)、社会を維持するために秩序(注4)が必要であり、その結果、そこに生きる個々人がさまざまに制約(注5)を受けるのは当たり前のことと考えなければならない。
私たちは小さい頃から②「社会的な自己」というものを形成していく。こういう場面ではこのようにふるまわなければなら ない、といったことを学習させられる。校長先生の前ではこのようにしていなさい、初対面の人の前ではこのようにふるまいなさい、と。このようなことを学習 していないと、つまり「ありのまま」でいると、社会に適応(注6)できない仕組みになっているのだ。
しかし、その社会的な 自己、さまざまな場面でいろいろな自分を出すことが、何か 嘘の自分であるかのように思ってしまう人もいるわけだ。そこには何かしら勘違い がある。人と人との関係には必ず役割というものがあって、その役割を学び、生きることこそが必要不可欠なのである。
(すがのたいぞう『こころがホッとする考え方』による)
(注1) ふるまう: 行動する。
(注2) 生きる限り:生きている間は
(注3)好むと好まざるにかかわらず、好む か好まないかに関係なく
(注4)秩序決まり
(注5)制約を受ける: 制限される
(注6)適応する:合う